おかしなふたり 連載311〜320

第311回(2003年07月23日)
 いや、全くヒドイ目に遭った。
 てくてくと街中を歩いている歩(あゆみ)。
 まだ日の高い時刻だ。
 言うまでも無くこの間の翔(しょう)の訪問である。
 不可抗力で電車の中でウェディングドレス姿にされたことはあるけども、あんなに狙って他人の前で性転換&女装されたのは初めてである。
 一応目的はあったみたいだけど、教育的効果はあったのだろうか?甚だ疑問である。
 まあ、歩(あゆみ)にしたって毎日性転換されるのは適わないけども、全く無いのもそれはそれで寂しい・・・ってこともないか。
 いや、無いな。うん。
 何しろ自分でコントロール出来ないので、いつも受身になってしまうからだ。一応こちらも妹を性転換&男装させることは出来る事は出来るんだけど、そんなことをしてもあまり面白くない。
 そもそもそんなことをすれば「お返し」とばかりにこちらもやられてしまう。そうなったらそうなったで「男と女」の関係が逆転して「女と男」になってしまう。
 やらしいことをされる訳ではないが、スカートめくり&胸もみもみ位はされてしまう・・・。
 やっぱり不利だ。

 そんなこんなで繁華街に呼び出された歩(あゆみ)だった。
 実はこの能力が備わる前にもちょくちょく一緒に繁華街をぶらぶらしたもんである。
 聡(さとり)位の年頃だと同級生の女の子と一緒の方が楽しいだろうに、何故か年子の兄貴とぶらつくのも嫌いでは無かったらしい。
 そして、また呼び出された訳なんだが・・・。
 歩(あゆみ)の不安は、その時とは“事情が違う”ことだった。


第312回(2003年07月24日)
 歩(あゆみ)は指定されたゲームセンターに入った。
 実は聡(さとり)は結構な「ゲーマー」なのである。
 実の兄が言うのもなんだが、それほど緻密な思考をするタイプには見えないのだが、なかなか巧みに格闘ゲームを勝ち抜いていく。


第313回(2003年07月25日)
 店内に入ると相変わらず人が多い。
 歩(あゆみ)も男の子なので、人並にゲームは好きである。
 中学時代には近所のゲームセンターで小遣いの大半を使いきったこともある。
 しかし、高校生くらいになると、次から次へと登場する新作ゲームの余りのレベルの高さ・・・というか難しさ・・・についていけなくなってあまりやっていなかった。
 ところが意外なことに“お兄ちゃんべったり”の妹、聡(さとり)の方が「対戦格闘」ゲームに夢中になってしまった。
 世の中にいるらしい「有名プレイヤー」の様に一財産使ってしまうほどでは無いが、結構使っている。
 日曜日なんか半日ゲームセンターにいた、なんてことを言う事もある。よくそんなに金が持つなあ、と言うと「勝ちつづけてるからあんまり使わない」と来たもんだ。
 その場所はすぐに分かった。


第314回(2003年07月26日)
 見ると、ちゃかちゃかと手元を動かして何かしている。画面上ではキャラが華麗に連続技を決めている。
 歩(あゆみ)とて経験者なので、少しみていれば戦っている二人のキャラのうち、どっちが聡(さとり)が動かしているキャラなのかはすぐに分かった。
 ちなみにこの妹は、「女キャラ」を決して使わない。
 よく女子は「とりあえず女の子のキャラから」と始めたりするというが、「折角男になれるのにそれじゃつまらない」んだそうだ。
 歩(あゆみ)の友人など、逆に男のくせに女キャラしか使わないのもいるのだが・・・。
 腕組みして背後につく歩(あゆみ)。
 全く気付く様子も無く、呼吸に乱れは無い。
 ヘンな話だが、こいつってやっぱり男にはアピールするものがあるのかも知れない、と思った。
 黒いものは白いものの中に置くとより黒く見えるが、それと同じでむさい男ばかりの対戦格闘コーナーにおいて、ぴっちぴちの女子高生の制服姿の美少女は目立つこと目立つこと。
 普通の女の子はプリクラか、よくてUFOキャッチャーの様なプライズものに群がっているのだが、こいつだけ対戦格闘コーナーに直行なのだから・・・。

 向かい側の男が席を立った。
 また聡(さとり)の勝利らしい。


第315回(2003年07月27日)
 流石は日本一と言ってもいい繁華街である。
 対戦台の向こうには何人も男が順番待ちをしているではないか。
 コインを投入する小気味良い音と共に新たな試合が始まる。
 聡(さとり)は歩(あゆみ)の目の前で軽快にそれを勝ち抜いていく。その試合展開は危なげないものだった。
 相手に体力を殆ど減らされることなく一気に押し切りそうになってから逆転して負けそうになる試合が何試合かあったくらいで、一試合、また一試合と勝ち抜いていく。
 次第に手前の側の人間がちらほらと反対側に回り始める。
 対戦格闘にはまっていた経験のある歩(あゆみ)にはすぐに分かった。
 彼らは“順番待ち”なのである。今座っている人間が負けたらすぐに取って代わる腹積もりなのだ。
 しかし、一向に負けてくれないので、すぐに試合の出来そうな反対側に回ったのだ。
 すげえなこりゃ・・・。
 対戦中の人間に話し掛けるほど非常識では無い歩(あゆみ)は声には出さずに感心してみていた。


第316回(2003年07月28日)
 人通りの激しい繁華街のど真ん中のゲームセンターで破竹の快進撃を続けるショートカットの女子高生の周りには次第にギャラリーが輪になってきつつあった。
 ほぼど真ん中に位置する歩(あゆみ)も、当事者では無いのになにやら緊張してしまう。
 そろそろ一試合終わるたびに小さくどよめきが起こり、いかにも“対戦ゲームオタク”みたいなのがヒソヒソ言っているのが分かる。
 凄いプレッシャーだ。
 それなりにやりこんだ歩(あゆみ)だけどもこれだけギャラリーを背負う経験ははっきり言って無かった。
 こいつってゲーセンに来る度にこんなことやってたのか・・・。

 また画面に「KO!」の文字が躍る。
 それと同時だった。
 筐体の反対側から「ドガン!」と何かを叩きつける様な音がした。


第317回(2003年07月29日)
 周囲の人間にもすこし“ギョッ!”として雰囲気が広がる。
 すぐに苦虫を噛み潰した様な表情で、少々柄が悪そうな男が立ち上がる。
 そして今度はスマートではあるものの、メガネので表情があまり伺えない青年が椅子に座る。
 一応、人並に対戦格闘ゲーマーだった歩(あゆみ)にはさっきの男が何をしたかはすぐに分かった。
 負けた腹いせに筐体に八つ当たりしたのである。
 実に大人気ない・・・が、気持ちは分からない事も無い。
 恐らく対戦台に座っているのが制服の女子高生というので「いっちょもんでやるか」とばかりに意気揚揚と乱入してきたのだろう。
 そころが思わぬ返り討ちにあってしまった。
 満座のギャラリーの中で「女の子に負けた奴」という烙印を押されたにも等しいのだから、まさに面目丸つぶれである。荒れたくもなるだろう。
 しかし大人気ないことには変わり無い。
 そもそも物に当たるというだけで精神的に未熟だし、「これでは勝ち続けたら何をされるか分からない」という恐怖感にすら繋がってしまうではないか。
 まさかこの繁華街のゲームセンターのまん真ん中でゲームに負けた腹いせに女子高生をぶん殴る馬鹿はいないとは思うのだが、最近の世相では少々おかしいのも増えている。油断も隙もないだろうに。
 あれこれ考えているうちに次の試合はもう始まっている。
 そして危なげなく勝ち進んでいるでは無いか。
 全く大した心臓である。
 我が妹ながらあきれた物だ。


第318回(2003年07月30日)
 ひょっとしてこの為に歩(あゆみ)をゲームセンターに一緒に連れてきたんではあるまいな?
 歩(あゆみ)はいぶかしんだ。
 しかし、いかに仲良し兄妹とはいえ、毎日一緒に繁華街に来ている訳でも無い。この間の日曜日なんかこっちをメイドにして1人出かけてしまったでは無いか。
 まてよ?ひょっとしたらこの為に?
 流石に可愛い妹のこと、あれこれ考える。
 また試合が終わった。
 勿論聡(さとり)の勝利だ。
 今度は黄色い歓声が沸き起こる。
 女子高生のグルーピーだろうか。結構スター性のある娘なのかも知れない。
 なにやらヒソヒソ話しているが、こりゃ悪い気はしない。格好ばっかりで中身の無い情けない男どもをばったばったと切り倒す颯爽としたヒロインというところか。
「ねえ君!」
 鼻の下を伸ばし・・・てはいないけど、そんな風に見えなくも無いメガネが話し掛けてきた。


第319回(2003年07月31日)
「なかなか上手いね!やりこんでるの?」
 馴れ馴れしい男だ。
「うん!まあ、ちょっとね」
 能天気に答えているが、その腕前は一朝一夕ではあるまい。
「あの連続技凄いよねえ」
「はあ」
 ウソかホントか聡(さとり)は学校では人気があり、ファンクラブめいた団体までいるとかいないとか。何となく無防備で話し掛けやすい気がするのも人気の秘密だろうか。
 その男は実の兄の目の前でベタベタし始めた。
「でもちょっと掛け方が甘いよねえ。実は最後のフィニッシュはもう一発キックが入るんだよ。知ってた?」
 あー来た来た。いるんだよこういう“解説くん”が。
 人が一生懸命対戦している後ろであーでもないこーでもないと“解説”を試みる馬鹿が。
 ひょっとしたら「君の知らない知識を教えてやってるんだから感謝しなよ」などと思っているのかも知れないが、迷惑千番である。
 確かに聡(さとり)観ていると、ゲームセンターでバリバリ勝ち進むタイプには全く見えない。そもそも女の子は対戦格闘ゲームなんぞ普通はやらんのだ。
 そこに「興味を持ってくれている」女の子がやってきたとなれば・・・、普段異性に話し掛ける機会の少ない人間としては、数少ない自らがイニシアチブを握る事の出来る相手である。
 半可通の知識を振りかざしたくなる気持ちも、まあ分からなくは無い。
 しかし、迷惑である事は変わらない。


第320回(2003年08月01日)
 と、ここにきて快調に飛ばしていた聡(さとり)のキャラが押され始めた。
 出す技出す技が全てカウンターされ、当身を食らわされる。
 連鎖の様にそうした技が次々に繋がり、あっという間に一本取られる。
 それまでの連戦連勝ぶりから、ギャラリーにも軽いどよめきが広がる。
「惜しかったねえ。今のはもうちょっと待てば反撃確定だったんだよ」
 負けた人間に解説をするかこいつは。
 歩(あゆみ)もこれにはかなり呆れた。というかムカツク。
 聡(さとり)も面倒くさくなったのかいちいち相槌を打たない。
「うーん、やっぱり最後は気合だからねえ」
 この辺まで来ると最早アドバイスでも何でも無くて単なる雑談である。単に可愛い女の子と喋りたいだけなのだろう。
 次の試合が始まったが、悪い流れを引き継いだ様でいい所無くノックアウトされてしまう。相手の体力は殆ど減っていない。
 実に23連勝の後の敗北だった。
 すっく!と席を立つミニスカート制服の女子高生こと聡(さとり)。
 慣れた手つきで専用カードを引き抜いている。
「惜しかったね〜」
 まだ言ってるよ。俺だったらパンチの一発も入れたいところだ、と歩(あゆみ)は思った。
 全く負ける気配が無かったので聡(さとり)の側には順番待ちの人間が殆どいない。慌てて何人かがこちらに回り込もうとする。
 このチャンピオンが席についていないとなると頻繁に交代する可能性があるので位置を移動し様というのだ。
 だが、先ほどの解説くんがさっさと席についてしまう。
 へえ、こいつ口ばっかりでなくて一応自分でもやるんだな、と思った。
 解説くんの中には口だけだして自分ではプレイしない類の人間もすくなく無いのだ。
「かたきはとってあげるよ」
 といって聡(さとり)の背中にウィンクする。
 どこまで調子に乗れば気が済むのか。
「じゃ、行こうか」
 こちらの顔を確認するなり聡(さとり)はそう言って、いきなり腕を組んできた。
「お、おい・・・」
 急なスキンシップに驚く歩(あゆみ)を尻目に、強引に腕にしがみつき、引きずる様にギャラリーを掻き分けて出て行く。
 この二人が兄妹であると知らない人間には、まさに“お似合いカップル”に見えたことだろう。