おかしなふたり 連載421〜430

第421回(2003年11月16日)

 新たに入ってきた人たちは、にもかかわらず中々態度が大きかった。
「この間ニンソとタービクがさあ」
「ザギンでグーフー食ったんだけど」
「今日のルーヒーシーメーだけどよお」
 ・・・何を言ってんだか半分くらいしか分からないが、とにかく業界人だろう。
 もう頭の中は真っ白だった。
 ごく普通の女子高生相手にも緊張しまくりなのに業界人なんて・・・。
「あゆみちゃん!笑って笑って!」
 わ、笑う!?
 その一言で余計に泣きそうな顔になってしまった!


第422回(2003年11月17日)

「ん?何やってんの?」
 構わずに仕事中のカメラマンにまで話しかけて来る。
「うるせえなあ。今仕事中なんだよ!」
 台詞だけだと険悪な感じだが、実際には親しげな業界仲間がじゃれている感じである。
「はい。あゆみちゃん笑って〜」
 このカメラマンは偉い。尊大ぶることもなく歩(あゆみ)に話しかけてくれている。
「あの、皆さんすみません。何しろ初めてなもので・・・」
 ああ、めぐさんが申し訳なさそうにしてる・・・。
 こうなるともう駄目である。
 加速度的に悪循環が進行する。

 ちょいちょい、と男の子になっている聡(さとり)が恵(めぐみ)の服を引っ張る。
「めぐさん。お願いがあるんですけど」
「ごめんなさい。後にしてくれる?」
 温厚なめぐさんだが、愛想のよさそうな仕草の下ではかなり焦っている様子である。
「おにい・・・お姉ちゃんを一発で笑顔にしてみます」
「出来るの?」
「そこでお願いが・・・」
 何やら耳打ちしている聡(さとり)。


第423回(2003年11月18日)

「・・・と言うわけなんですけど」
「それで大丈夫なのね?」
「保障します。ですから・・・」
「いいよ。それ位なら何とかしてあげる。てゆーか普通に食事くらいおごってあげるわよ」
 ちょっと余裕が出てきたのか恵(めぐみ)が笑顔になる。
 聞くが早いが一歩前に出る少年・聡(さとり)。
「おに・・・おねえちゃ〜ん!」
 その大きな声にスタジオ中の視線が集まる。
「この撮影が上手くいったら・・・」
 見開かれるOL聡(さとり)の瞳。
「みんなでカラオケに行くってさ〜っ!」


第424回(2003年11月19日)

「え?か、カラオケ!?」
 カメラマンもビックリするほどの満面の笑みがはじけた。
「ほ、ホントに!?」
「え・・・あ・・・うん。そーよー!あたしがおごってあげるから!」
 一瞬止めようとした聡(さとり)だったが、もう恵(めぐみ)はその台詞を全部言ってしまった後だった。
 “あちゃ〜”という表情になる少年・聡(さとり)。自分の金であっても放っておけば一日中でも歌い続けるカラオケ魔人の歩(あゆみ)である。「おごってやる」なんて口走るのは自殺行為なのだが、もう後の祭りである。
「え?何?カラオケ行くの?」
「行く行く!俺たちも行くよ!どうせヒマだし!」
 周囲の“業界人”たちもいっせいに囃し立てる。
 完全に「手遅れ」だった。
 ことカラオケとなると歩(あゆみ)は人格が変わるのである。普段はどちらかというと目立つのが好きな方ではない。
 だが、カラオケとなると観客が多ければ多いほど燃えあがるのだ!


第425回(2003年11月20日)

「ありがと。じゃ、着替えてきて」
「す、すぐ行っていいんですか?」
 息咳き込んでいるOL歩(あゆみ)。
 カラオケ発言を聞いた後の歩(あゆみ)は人が変わった様になり、抑えても抑えても出てしまう笑顔で撮影はスムースに進んだのだった。
「そ、そうね・・・あはは・・・」
 勢いに押されている恵(めぐみ)。
「それじゃあ、着替えるから」
 どん、と聡(さとり)を軽く突く歩(あゆみ)。言うまでも無くこれから元に戻るぞ、という合図である。何しろ今のOLの制服にしても“着替えた”訳では無いのだから。
「どーもー」
 愛想よく業界人の間を抜けていくOL歩(あゆみ)。
 ひゅーひゅー!なんて声も掛かる。お調子者の集団らしい。


第426回(2003年11月21日)

 入れ違いにさっきのイケメンが入ってくる。
 だが、カラオケのことで頭が一杯になっている歩(あゆみ)にはロクに目に入らない。
 いや、入らないことは無いのだが気にならない。
 狭い廊下に出、歩いてすぐの所にある別の重いドアを開ける。さっき今のOL姿に変身した録音室である。
 よく考えればこの撮影会に参加した人手女性なんかどこで着替えているんだろう?とか思わないことも無い。
 そもそも男だってどこで着替えているのだろう?
 まあ、男なんてそういう気の遣い方をされることなんて滅多に無いもんだ。
 その辺りは17年も男をやっていると身に染みて分かってくる。
 “その辺で適当に着替えとけ”って奴である。
 しかし今は違う。
 時代が女性に気を遣う風潮が強いということもあるのだが。
 ・・・ってよく考えれば元はといえば聡(さとり)の撮影会ってことで呼ばれているのに・・・。
 女の参加者なんてそもそもあんまりいないのだ。


第427回(2003年11月22日)

 という訳で安心して後ろ手にドアを閉める。
 もしもこの部屋の中に女性の“お仲間”がいたりすると大いにややこしいことになるが、その心配だけはないのだ。
 よく考えたら変身中にドアが開いたりしたらコトだな、とか思うのだが考えても仕方が無い。希望的観測だけど、ここは臨時の女子更衣室になったのだからめぐさんが立ち入り禁止にしていてくれるのだろう。多分。
 ピンクのタイトスカートがぐんぐん伸びていく。
 うーん、中の下着は伸びないのだな。と妙な所に感心する。
 そして脚にぴったり張り付くかのごとく包み込み、トンネルが二つに分かれていく。
 それまで触れ合わせようと思えばいつでも触れ合わせることの出来ていた素脚が別離させられる。
「あ・・・」
 別にいつものことなので驚くことではないのだが、実はこうして“元に戻っていく”ところをつぶさに観察するのは初めてに近かったりする。戻るときは一瞬であることが多いのだ。


第428回(2003年11月23日)

 形がズボン型になったピンク色のOLのスカートはグラデーションが掛かってジーンズ地のオーバーオールに変形していく。
 必要以上につるつるのすべすべの生地だったブラウスがTシャツになり、ズボンから伸びてきた生地が胸の前をカバーし、つる(?)が両肩を回り込む。
 あ、そうか・・・。
 すっかり忘れていた。
 ここに来たときにはもう女にされていて、そこからOL姿に変えられたのだった。
 っていうことはカラオケも女のままで行くのか・・・。
 まだ練習も一回しかやってないしな・・・。
 ほんのちょっとだけ不安だったが、でもあれだけ無理を聞いてもらったんだから今日は歌い倒してやる!と思い込んでいた。
 そのうきうき気分の方が勝っていた。


第429回(2003年11月24日)

 一方、こちらは撮影室である。
 色々問題を起こしていたOLが去った後はスムースに撮影が進んでいた。
「めぐちゃん、あの子何なの?」
 帽子を被った男が尋ねてくる。いかにも業界人の集団の中にあって典型的である。
「素人の子ですよ」
「中々可愛いよね」
「うん、そうそう」
「ラシュモアの新人だったりして」
「いえいえ、そんな」
 聡(さとり)の耳に「ラシュモア」というヘンな単語が飛び込んできていた。そういえば何だか聞き覚えがあるような・・・。


第430回(2003年11月25日)

「あの・・・皆さん、テレビの方ですか?」
「あ、・・・」
 思い切って話しかけてしまった少年・聡(さとり)
 一瞬、恵(めぐみ)が止めようとするが、素人である聡(さとし)をそこまで拘束する権利は無い。
「・・・めぐちゃん、この子は・・・」
「あ、今日のモデルになってくれた城嶋 さとしくんです」
 さっき会ったばかりなのに流暢に名前が出てくる。流石に芸能界にいる人らしく、人の名前と顔を一致させるのはお手の物みたいだ。