おかしなふたり 連載431〜440

第431回(2003年11月26日)
 あ、そうそう、今自分は男の子なんだっけ、と思い直す聡(さとり)。
 これまで面白がって男の子の姿で外出したことはあったが、大好きなゲームセンターに行ったりと、特に会話を交わすことが重要な場所には行っていなかったのでどうしてもそのあたりの対応が鈍い。
「で、今日はどうしたんですか?」
 恵(めぐみ)が話を継ぐ。
 背後では撮影会が粛々と進行している。
 どうやら恵(めぐみ)はこの会を全て取り仕切っているという訳ではなさそうだ。
「うん。まーさっきも言ったけどドタキャンだよ俺らあぶれちゃってさあ」
「ああ。全くヒデー話さ」
「だからギロッポンで遊んでたんだけど、折角なんで来て見たの」
 聡(さとり)は頭の中で状況を整理してみた。
 神奈川県在住で、遊ぶときには都内に出てくる女子高生だから、ほぼ東京に住んでいるみたいなもんだが、それ故東京の地理をマニアックに知っている訳ではない。
 行こうと思えば何時でも行けるだけにやっぱり東京タワーにも行ったことが無い。典型的な都会っ子である。

 だからありあわせの知識をつぎはぎしての推理である。
 目の前にいるけどめぐさんに聞く訳にもいかない。
 「ギロッポン」というのは多分「六本木」ということだろう。
 そういえば赤坂に大きなテレビ局があったはずだ。この人たちはそこで働いているスタッフなのだろう。
 暇になったから赤坂から六本木へ。楽に歩いていける距離である。
 でもってこのスタジオは青山一丁目にある。
 六本木からはやっぱり目と鼻の先・・・でも無いけど歩いて来ようと思えば何とかなる。
 段々話が見えてきた。


第432回(2003年11月27日)
「でも、大丈夫なんですか?遊んでて」
 結構失礼かな?と思ったが思い切って聞いてみる。
「あはは、大丈夫大丈夫。こうなっちゃったらしばらく再開なんてされないよ」
「大変ですね」
「まあ、その分後が押したりするんだけどね」
 これが笑い事では無いことはまだ聡(さとり)には分からなかったりする。
「誰だったか忘れたけど、有名な女優さんも言ってるって言うじゃん。“俳優とは、待つことと見つけたり”ってね」
 帽子の人が言った。


第433回(2003年11月28日)
 ぎい、とドアが開く。
 おずおずと小動物みたいな女の子が入ってきた。
 それはオーバーオール姿の歩(あゆみ)だった。
「あ、どうも・・・お待たせしました」
 一瞬沈黙が訪れた。
「あ・・・とうも・・・あはは・・・」
「うん・・・ああ!」
 どうにもヘンな雰囲気である。
「それじゃあ、後よろしく」
 現場のスタッフに声を掛けている恵(めぐみ)。
 はっきり言って歩(あゆみ)が余りに可愛らしいので場の空気を一気に持って行ってしまったのである。
 上手くいえないのだが、中学などでいつも制服姿しか見たことがなかった同級生の女の子の私服姿を見てその可愛らしさにイチコロになってしまったみたいまのもだろうか。


第434回(2003年11月29日)
 一瞬きょとんとしてそのままきょろきょろと周囲を見回している歩(あゆみ)。
「え・・・と・・・皆さんどうしたんですか?」
「い、いや・・・何でも無いよ。うん」
 無邪気に不思議がっている仕草が可愛い。
 恵(めぐみ)も、自分も女なのに抱きしめたくなった。
「じゃ!カラオケ行きましょうカラオケ!」
 何しろこれが目当てなのである。
「こんな真昼間から行くの?」
 自分で吊っておきながら一応聡(さとり)が抵抗を試みる。何しろこのカラオケ大王は一旦歌い始めると止め処が無いのである。最も、自分の対戦格闘も似たようなものだが。
「そりゃヒドイよ。それが目的だったんだから・・・」
 スタッフの一人が愚かにも助け舟を出してしまう。
「そう!そうですよね!」
「めぐちゃん、この辺ってカラオケボックスってあったっけ?」
 スタッフその2が恵(めぐみ)に声を掛ける。
「あんまり詳しくないんですけど、・・・赤坂まで行けばあるかな」
 一行は地下鉄に乗ることになった。


第435回(2003年11月30日)
 テレビ局の人は暇なんだろうか、少なくとも今目の前にいる3人組は今日はそれほど忙しくないらしい。
 地下鉄の切符は城嶋兄妹・・・今は姉弟だが・・・は全額恵(めぐみ)さんが払ってくれた。数百円にも満たない金額ではあるが、相当恩に着てくれているらしい。

「ま、あれだ。とりあえず学生さん2人以外の折半ということで」
 ここはカラオケボックスである。
 早速曲目を選んでいるオーバーオール少女。その正体は聡(さとり)に性転換された歩(あゆみ)であることは言うまでも無い。
 もうカラオケで一杯一杯になってしまっている歩(あゆみ)と違って、割合余裕のある聡(さとり)は周囲に沢山いる“業界人”に興味津々だった。
 実はここに来るまでにもう一人メンバーが増えていたのである。


第436回(2003年12月01日)
「珍しいですね。このメンバーでなんて」
 新しく加わった人が言う。
 彼は、ここまで一緒に歩いてきたテレビスタッフたちがラフな格好であるのに比べると、非常にサラリーマン然としていた。ドブネズミ色ではないが、濃い色のスーツにネクタイで決めている。
「えー、そんなことないでしょ。しょっちゅう一緒だよ」
 めぐさんがタメ口を聞いている。
 さっき会ったばかりなのだが、聡(さとり)はめぐさんがこんなにくだけるのを初めて観た。
 これは自分よりも後輩でもこうはならない。きっと同期なのだろう。大学の同級生とかなのかも知れない。


第437回(2003年12月02日)
「じゃあ!歌います!」
 すっかり別人みたいになっている歩(あゆみ)に反射的に聡(さとり)が立ち上がる。
「ちょっと待ったあ!」
 とっさに立ち上がる。
「駄目よ!お兄ちゃん・・・じゃなくてお姉ちゃんは一番目に歌っちゃ駄目!」
「ええ〜っ!・・・」
 何だか目に涙を浮かべて悲しそうな表情でこちらを見ている。
 お、お兄ちゃんいつのまにそんな“技”を覚えたんだろう・・・。
 目の下あたりをひくひくとひきつらせている聡(さとり)。本当にこの大将はカラオケの為にはなんでもするのだなあ。
「いいから!とりあえず全員に一曲ずつ歌ってもらってからだよ!」
 声が大きかったのでちょっと緊張した空気が部屋の中に漂う。
「えーと、さとし君だっけ?いいよそんなに気を遣ってくれなくても」
 気のいい帽子のスタッフ氏が言ってくれる。そうなのだ。最初はみんなそう言ってくれるのだ・・・。
「あ、いいわよあたしは。歌いたいんでしょ?あゆみちゃん」
 めぐさんが気を遣ってくれる。


第438回(2003年12月03日)
「はあ・・・じゃあ・・・」
 一人減ったが、後の人が一回ずつ歌えばちょっとは時間が稼げる。とにかくお兄ちゃんが歌い始めるのを少しでも遅らせないと、他の人の不満が大きくなるのである。
「そういえば、あゆみちゃんって言うんだね」
 スタッフ氏の一人が気づいた。
「あ、そりゃ“あゆ”だね」
「あ、ホントだホント」
 “あゆ”と言えば泣く子も黙る当代の人気歌手「沢崎あゆみ」のことに決まっている。本当は歩(あゆみ)は男子高生なのだが、名前がたまたま女性的なので一致してしまっていた。
「あ、いやあどうもどうも」
 照れて笑っている。
「ふーん、仲いいのね」
 分かってはいたが恵(めぐみ)が念を押す。


第439回(2003年12月04日)
 そんなこんなで帽子のスタッフ氏が歌い始める。
 何故か70年代のフォーク歌手の歌だった。
 確かに非常に歌いやすい感じではあったが、他の人がノレる訳でもなく、歌っている本人が満足している様なそんな状況だった。
 いい具合に他の人も自分の曲探しに夢中になっている状況で、聡(さとり)は恵(めぐみ) に話しかけた。
「めぐさん」
「ん?」
「めすさんの会社の名前って変わってるよね」
「ああ、ラシュモア企画ね」
「どういう意味なんですか?」
 にやーり、とする恵(めぐみ)。
「良くぞ聞いてくれました」


第440回(2003年12月05日)
「さとし君は『爆笑課題』ってお笑いコンビを知ってる?」
「あ、ええ」
 聞いたことがある。最近ではバラエティ番組の司会をすることが多い。確か時事ネタを絡めた毒のあるトークを得意とするグループだ。
「『爆笑課題』の所属してる会社を知ってる?」
「あ・・・ええと・・・吉元興行(きちもとこうぎょう)だっけ?」
「残念。あの2人はね、殆どフリーみたいなものなのよ。背の大きな大川ってのの奥さんが社長をやってる「タイタン」っていう小さな個人事務所に所属してるの。所属タレントは爆笑課題だけなんだけどね」
「はあ」
 めぐさんには悪いけどあんまり興味の無い話題である。
「ちなみにどうして「タイタン」って言うか知ってる?」
「ギリシア神話だっけ?」
 これはこのカラオケボックスに来る時に加わった営業氏が口を挟んでくる。