おかしなふたり 連載641〜660

第641回(2005年08月03日(水))
「ひょっとして・・・作詞とか」
「うん!そうそう。流石にファンだね」
 他人事みたいにおどけて言うあゆ。
 彼女が所謂(いわゆる)「アイドル歌手」と一味違うのは「作家」でもある点である。デビュー以来一貫して自らの楽曲の歌詞の作詞を手がけ、最近では一部の作曲までこなしている。
 アイドル的な歌手は二十一世紀に入ってもまだまだいるが、沢崎あゆみが飛びぬけて収入が多いのはこの手の作家印税を手にしているからである。
「じゃ今もですね?」
「うんそう」
 よく見ると彼女の目の前には大学ノートが広げられている。本当に作業中だったのだ。


第642回(2005年08月04日(木))
「新曲の歌詞ですか?」
「・・・あ、これ?違うよ」
 あっさりと言う沢崎あゆみ。
「ま、作詞は趣味みたいなもんだから」
 これは多くのクリエイターに共通する特徴で、特に目的も無く創作活動をするのが当たり前になっているのである。
「何となくかな」
「すご〜い・・・」
 すっかり“憧れの目”になっている。このときばかりは「どんな格好をさせられようとも精神はしっかり男」であるはずの歩(あゆみ)も「女子高生」みたいになってしまっている。
「やあ、やっぱり女の子に褒められるとうれしいなあ」
 照れている沢崎あゆみ。
 ほんの少し罪悪感を感じるが、そんなことは問題ではなかった。


第643回(2005年08月05日(金))
「い、今は暇なんですか?」
「うん。ちゃんとマネージャーには許可とって来たし。今夜遅くに打ち合わせがあるけど、それまでに帰ればいいから」
 何だか浮き上がってしまっている。今も信じられない思いである。
「お待たせしました」
 ウェイターがクリームソーダを二つ持ってくる。
「どーもー」
 人が近付くと帽子を目深に被る沢崎あゆみ。逆に分かり易いと思うが、突っ込んでも仕方が無い。
「どーぞどーぞ」
 沢崎あゆみは自ら率先してクリームソーダの上に乗っかったアイスクリームをすくって口に入れた。
「うーん、懐かしい味だね」
「じゃあ・・・」
 歩(あゆみ)も続く。
「あー、おいしー」
 今もある意味充分子供なんだけども、より童心に返って笑みがこぼれる歩(あゆみ)。二人は多少年齢は離れているものの、仲の良い女友達という外見だった。
「話は戻るけど・・・」


第644回(2005年08月06日(土))
「さっきの話・・・嬉しかったわ」
「さっき・・・?」
 一生懸命思い出そうとする歩(あゆみ)。
「フォローしてくれたでしょ?」
「あ・・・」
 確かに歩(あゆみ)は先ほど恭子が沢崎あゆみに対して冷ややかな揶揄を表明した時に感情的になってまで言い返したのだった。あれをそのまんま聞かれていたことになる。
「あ、ごめんなさい・・・」
 何故か反射的に謝ってしまう。
「いいのよいいの」
 真っ青なソーダを吸い上げる沢崎あゆみ。
「あたしの周囲には味方は一杯いるみたいに見えるけど・・・実際はそうじゃないし」
「・・・」
「ま、別にいいけどね。あたしだっていつまでも女子高生じゃないんだから・・・」
 寂しそうな表情を見せる沢崎あゆみ。
「あ、ごめん。あゆみちゃん。あゆみちゃんのことじゃないから」
「い、いえ・・・」


第645回(2005年08月07日(日))
「で、めぐさん。どーしてあゆはそんなにしょっちゅういなくなるの?」
 屈託なく聞く聡(さとり)。
「聞きにくいことを言うねえ」
 半ば呆れながらいう恵(めぐみ)。
「やっぱ落ち目だから?」
「あんたねえ・・・ちょっとは歯に衣着せなさい」
「あはは、ごめんごめん」
「いや、冗談じゃなくて。これからタレント業の真似事するんだから。どこに関係者がいるかも分からないし、直接関係者じゃなくても取引のある人とかいくらでもいるんだから」
「はい、ごめんなさーい」
 ぺろりと舌を出す聡(さとり)。
 う、可愛い・・・と一瞬思ってしまう恵(めぐみ)。
「・・・さっちゃんモテるでしょ?」
「え?何で?」


第646回(2005年08月08日(月))
「さっちゃんって共学?」
「うん。お兄ちゃんと一緒」
「だったら男の子がほっとかないと思うんだけどなあ」
「うーん・・・告られたことはあるけど・・・」
「じゃあ、ゴキブリと一緒だわ」
「はい?」
「見ず知らずの人でしょ?その告ってきたのって」
「うん。クラスの違う人」
「じゃあ、潜在的に“いいな”と思ってるのがあと三十人はいるね」
「やー、照れるなー」
「じゃ、そういうことで」
 話を切り上げようとする恵(めぐみ)。
「めぐさんめぐさん。あゆの話続き」
「ちっ!忘れてなかったか」
「忘れない忘れない」
 ナチュラルに掛け合い漫才みたいになっている。


第647回(2005年08月09日(火))
「しゃーない。マジレスするか」
 諦めた様に言う恵(めぐみ)。
「うんうん。誰にも言わないから」
 この年頃の女の子の“誰にも言わない”がどの程度信頼できるのか、とは思うがまあいいだろう、と思う恵(めぐみ)だった。
「あたしも直接知ってる訳じゃないけど・・・」
「うんうん」
「この間あゆの所属する会社って“お家騒動”があったでしょ?」
 確かに、所属するレコード会社で会社と重役の一部が方針の違いから対立状態に陥り、独立をするしないの騒ぎになった。
 問題はこの重役が実際に多くのアーティストと懇意であり、現場で一緒に働いていた仲であることだった。一方社長など滅多に会ったことも無い。
 いざ独立するとなると、人間的な関係でどちらに付くかは目に見えている。
「あったね」
「結局この時は社長さんたちが折れる形になったのは知ってるわね」
「うん。スポーツ新聞で読んだ」
「・・・スポーツ新聞とか読むんだ」
 恵(めぐみ)が女子高生の頃は余りスポーツ新聞を読む習慣は無かったが。
「職員室にいつも持ってくる先生がいて、捨ててくから貰って読んでるの」


第648回(2005年08月10日(水))
「へー、さっちゃんってそんなに職員室出入りしてるの?」
「てゆーか行くもんなんじゃないの?あたしは毎朝行ってるけど」
「いや・・・普通説教に呼び出されるとかそういうイメージしか無いんだけど」
「ふーん、そんなもんなんだ・・・」
「ま、とにかく一旦対立した現場と経営陣は結局経営陣が折れる形になってこの騒動は治まった訳よ」
「はい」
「でもまあ、しこりは残るし経営陣としてはいつまでも沢崎あゆみ頼りの体制じゃマズイ、という判断に弾みを付けた格好になったわけよ」
「・・・ということは?」
「“あゆ組”って言葉を聞いた事は?」
「何となく」
「じゃ、説明するね。九十年代に一世を風靡した大室節也っているじゃない」
「・・・何となく聞いたことが」
 悩む仕草をする聡(さとり)。無理も無い。彼女の年齢では九十年代にはまだ物心付いたばかりなのだ。


第649回(2005年08月11日(木))
「うう、ジェネレーションギャップを感じるなあ・・・ま、とにかく約四年間に渡ってトンでもない大ヒットを連発したんだけど、ある時期を境にぴたりと鳴りを潜めちゃうんだよ」
「ふーん・・・何でかな?」
「それが分かれば誰も苦労しないよ。でもまあ、同じ人が延々トップの地位には居ないのは間違いないみたい」
「そんなもんかなあ」
「さっちゃん『ビートルズ』は知ってる?」
「名前は聞いたことある」
「伝説的なグループだけど実は実際の活動期間って五年くらいなのよ」
「そうなんだ!」
「リーダーを始めとしてメンバーがみんな解散した後も個別に活動してたし、何つっても楽曲が全く古びてないから何十年も現役みたいなイメージがあるけど、活動期間で言うとそんなもんよ。最近だと「アフタヌーン嬢。」っているじゃない」
「あー!いるいる!大好きだった」
「(ぼそっと)・・・これ位になると分かるのか・・・」
「え?何か言った?」


第650回(2005年08月12日(金))
「いや、いいんだけど。ま、とにかく「アフタヌーン嬢。」の全盛期もまあ、長めに見積もっても四年強ってとこね」
「ま、そーだろね」
 今日日の子は冷めてるなあ・・・。
「結局作家パートが一人っきりだとこれ位で無理が来る訳よ。だから沢崎あゆみはその過去の例を学んだのね」
「あ、それが“あゆ組”ってことか」
「うん。末端まで含めると百人近くに及ぶ作家集団ね。作詞・作曲・編曲とかかなり大勢で回してるの」
「そこまでは知らなかった・・・そっか!」
 突如弾かれた様に飛び上がる聡(さとり)。
「それであゆの楽曲ってあんなに統一感が無いんだ」
「・・・流石、その通り」
 作詞作曲を同じく手がけている一方の雄である宇佐田ひかりとちがって、どうしても作家性が薄いと見られがちな沢崎あゆみにはこれも原因があった。余りにもその楽曲がバラエティに富んでいる為に「器用貧乏」的に見られているのだ。
「え?でもあゆって自分で作詞作曲してるんだよね?」
「作曲を始めたのは最近ね。主に作詞」
「一緒だよ。・・・それで?」


第651回(2005年08月13日(土))
「この戦略は結果的に大当たりして一時代を築けた訳よ。だから言ったでしょ?会社が方針を転換して、あゆに続く後進を育てる方針に切り替えたって」
「そっか・・・じゃあその作家軍団があゆにつかなくなったと・・・」
「そういうこと」
「厳しいなあ。あんなに儲けさせてもらったのに」
「そうよね。でも彼女一人で会社の売り上げの四割を占めていた時期もあったから。“貢献度が大きい”って見方も出来るけど、反面そんな一人の人間に依存した様な体制が危ういのも確かよね。だからそれを解消したいってのは分かるけど」
「なるほどね・・・じゃあそれが原因なんだ」
「基本的にはそういうことね。どこと無くかつての“下にも置かぬもてなしぶり”からは変化が現れてると思うわ。それに・・・」
「それに?」
「やらしい話だけど、会社な訳だからやっぱ“派閥”とかある訳」
「うーん」
「ぶっちゃけ会社としては後進を育てる積もりだから」
「あゆは用済みだと」
「・・・ま、そうかな」
 流石に言いにくそうだ。


第652回(2005年08月14日(日))
「純粋に歌手として彼女を評価してくっついていた取り巻きなら会社内の地位がどうなるとひっついてたと思うんだけど」
「そっか・・・もう彼女にひっついてても先が無いと」
「利に聡(さと)い人間なら離れてくよね」
「それで、へそを曲げちゃうんだ」
「いや、違うわ」
 きっぱりと否定する恵(めぐみ)。
「違うの?」
「確かに彼女はお山の大将的なところはあったらしいけど、そこまで無責任じゃないわ」
「じゃあ何で失踪しちゃうの?」
「どうやらここから先はスポーツ新聞には載ってなかったみたいね」
 にやりとする恵(めぐみ)。


第653回(2005年08月15日(月))
 少し身を乗り出す恵(めぐみ)。
「本当にナイショだからね」
「・・・うん」
 身を戻して喫茶店の周囲を見渡す恵(めぐみ)。
「あれこれあって彼女のマネージャーが代わったの」
「はあ」
「あれだけの売れっ子だからマネージャーもしょっちゅう代わるし、そもそも彼女にとって“マネージャー”といえば、見出してくれた松川さんであって、それ以外は誰であっても別に代わらないのよ」
「?」
「まあまあ。でもって今回のお家騒動で社内では大幅な配置転換が行われたのね」
「じゃあ・・・」
「いや、左遷とかは無し。そもそも報復人事なんてやったらまた独立騒動の二の舞だからね」
「ますます分からない」
「もう一息だから頑張って。今回の独立騒動の主役であって、あゆの恩人である松川さんは結果としてこの騒動で大いに出世して遂に代表取締役になったのね」
「そりゃ凄いわ」
「でもこれって必ずしもいいことばかりでもないのよ」
「どうして?偉くなったんでしょ?」


第654回(2005年08月16日(火))
「残念ながら偉くなったら何でも出来るって訳でもないの。代表取締役なんかになっちゃうともう仕事は定時に来て仕事して帰るって生活とは隔絶しちゃうのよ。あれだけの大きな会社ともなるともう半分「財界人」になっちゃうのね。自分の指揮如何(いかん)で何百人という社員を路頭に迷わすことになる責任重大な地位よ」
「ふんふん」
「元々現場の人だったからその地位に上がって今てんてこ舞いらしいわ。この人ならあたしも一回だけ会ったことがある」
「どんな人だった!?」
「・・・名刺交換しただけだけど、いい意味でオタクっぽい感じね。あ、でもスマートで爽やかだよ」
「ふーん、めぐさんすごーい」
「・・・まあ、続けるよ。結果としてそれまで二人三脚以上だった松川さんと隔離されちゃう格好になったあゆは会社からの支援も別のアーティストにシフトされて・・・」
「孤立しちゃったんだ」
「結局そうね。他のスタッフがイエスマンばかりとは思わないけど、手に職のある松川さんみたいな人ならともかくみんな会社員だから自分が可愛いだろうし・・・って随分危ないこと喋ってるなわたし」
 恵(めぐみ)が自分でツッコミを入れる。


第655回(2005年08月17日(水))
「ここで本題。でもって確信だけに噂半分ってところね。さっちゃんも眉に唾をつけて聞くように」
「はい」
 両手の人差し指を舐めて眉をなでなでする仕草をする聡(さとり)。
「新しくマネージャーになったのが郡山(こおりやま)ってのなんだけど、この人がちょっと・・・」
「何?まさかあゆと・・・」
「そんなロマンティックな話ならいいんだけど残念ながらまるで正反対ね」
「え?じゃあめぐさんみたいに女の人なの?」
「あゆのマネージャーを女性がやったことは無いわ。別にいいと思うけど、まあたまたまかな。大体彼女はステディがいるでしょーに」
 恵(めぐみ)はよく話題になる二枚目タレントのことを言っている。
「そうじゃなくてこの郡山さんは男の人。しかもかなり年配。多分五十くらい」
「げげっ!おっさんじゃない!」
 相変わらず聡(さとり)は容赦ない。


第656回(2005年08月18日(木))
「言葉は悪いけど・・・まあそうかな」
「会ったことは?」
「直接あって話をしたこととかは無いんだけど、遠くから見たことはあるわ」
「どうだった?」
「さっちゃん、もしもクラスに「郡山(こおりやま)」って名前の友達がいたらどんなあだ名を付ける?」
「そうねえ・・・うーん・・・「ごりら」とかそんな感じかな」
 そのまんまである。
「まあ、そんな感じかな」
 えー。
「ゴリラみたいなんだ」
「だから歯に衣を着せろってのに・・・」
 誘導しといてそれは無いと思うが、まあ恵(めぐみ)の口から言いにくいのは分かる。
「ぶっちゃけその・・・やくざみたいなというか・・・」
 恵(めぐみ)も人のことは言えない。


第657回(2005年08月19日(金))
「あゆ可哀想・・・何でよりによってそんなのがマネージャーなの?」
「これこれ、人を外見のみで判断しちゃ駄目よ」
 さりげなく外見に問題ありと認めている恵(めぐみ)。
「じゃあ、人格に問題あるのね」
 もう咎める気も起きない。というか、この流れでは仕方が無いだろう。
「まあ、ここだけの話評判は悪いわね。これまでの歴代のマネージャーって若手男性社員が多かったの。初代の松川さん以降はみんな“あこがれのアーティスト”として接してたらしいわ。この年代で「沢崎あゆみ」を知らない若者なんていないもんね」
「うんうん。分かる分かる」
「でもこの郡山さんは・・・ぶっちゃけ若い者と同じ視線では見てないの」
「ははあ、ジャリタレふぜいにどうして俺が!と思ってるんでしょ」
「・・・そういうことよ。沢崎あゆみもこれまでに彼女自身のわがままからトラブルを起こしたことが無かった訳じゃないからそのお目付け役という意味もあったんでしょうね」
「そんな年のおっさんじゃねえ・・・」

 聡(さとり)がスポーツ新聞を流し読みした程度の知識で言えば、海外に遠征する際に飛行機の座席が手違いでエコノミーになってしまい、隣に一般人が座る羽目になったのを嫌がってごねた末飛行機の出発時刻を遅らせたとか、打ち上げの席でさっさと帰っちゃったことがあるとかそんな程度である。

 問題と言えば問題ではあるが、軽犯罪とも言えない程度だった。
 違法ドラッグで逮捕されたり、暴力事件を起こして謹慎する“アーティスト”だって少なくない中、大人しすぎるほどである。
 未婚で熱愛報道もしょっちゅうだけど、別に不倫している訳ではないし、むしろ話題を提供しているほどである。


第658回(2005年08月20日(土))
「これはもうはっきりしてるんだけど、沢崎あゆみに目立って問題行動が起こり始めたのは郡山マネージャーが就任してからなの」
「その人に反発してるんだ」
「それが一般論ね」
「一般論?」
 だって、それ以外考えられないじゃん・・・と聡(さとり)は思った。
「あたしはそうは思わないんだよねえ・・・」
 考え込む恵(めぐみ)。


「その郡山ってのが最悪なの」
 沢崎あゆみはとうとうと話し続けていた。
 歩(あゆみ)はもう我がことの様に熱中して聞いている。
「うんうん」
「この間あたしが失踪したって話があるでしょ?」
「あ・・・うん」
 徹底して沢崎サイドに立とうと心に決めている歩(あゆみ)にしてみれば認めたく無い事実だけど、あゆ自身が言っているのだから仕方が無い。
「実はね・・・」


第659回(2005年08月21日(日))
「そのマネージャーの画策じゃないかと思うのよ」
 考え込んだまま恵(めぐみ)が言う。
「画策・・・って、仕組んだってこと?」
 流石に驚いた様子の聡(さとり)。
「眉に唾を付けてきいて・・・って言ったでしょ」
「そんな無茶な・・・どうしてマネージャーがそんなことするの?マネージャーって言えば」
「嘘をついてでもタレントを庇(かば)うべきよね。その通り」
「そこまで仲が悪いってことなの?」


「あいつのチョンボなのよ」
 沢崎あゆみの口からでる“あいつ”とは郡山マネージャーのことである。
「チョンボ?・・・失敗?」
「そーそー。あいつバカだから」
 酷い言いようだ。
「バカ・・・ってどんな風に?」
「すっかり忘れてやがったのよ。マネージャーのクセにタレントにスケジュールも回さないなんてどーしょーもないわ。小学生でもそんなミスしないって」
「じゃあ!あの騒動は・・・」
「そー、全部あいつのせいよ!」
 歌姫の口から忌々しげに言い放たれる呪詛。


第660回(2005年08月22日(月))
「この世界ってのは口さがないからねえ。どんなに情報を絞っても伝わっちゃうのよ」
 悟った様に言う恵(めぐみ)。
「この間の沢崎あゆみ失踪騒動では郡山マネージャーと沢崎あゆみでは意見が相違してるの。まさかこの二人の意見が食い違うなんてあっちゃいけないことだからいつの間にかうやむやになっちゃったけど」
「つまり・・・」


「郡山ってのが自分の連絡ミスであゆ・・・沢崎さんが間に合わなかったのを本人のわがままだって言いふらしたってこと!?」
「うん・・・」
 歩(あゆみ)の性格では会ったことも無い第三者を関係者の前でいきなり呼び捨てるなんて考えられないが、「あゆの敵」となれば話は別である。
 さっきまで元気だった沢崎が顔を落としている。
 歩(あゆみ)の背筋が凍った。
 テーブルの上には幾つも水滴が散らばっていた。