おかしなふたり 連載661〜680

第661回(2005年08月23日(火))
「ホントなの?めぐさん」
 驚くべき真相を聞かされて流石に困っている聡(さとり)。
「あたしの推測だってば。でも、状況証拠は揃ってるのよね・・・」
 やけに口が軽くなっている恵(めぐみ)。
「お兄ちゃんに言ったら怒り狂ってそのゴリラ殺すね」
 既にゴリラ呼ばわりしていた。


「絶対に許せない・・・」
 怒りに震えている美少女歩(あゆみ)。
 目の前の歌姫がサングラスを外して直接目をぬぐった。
 そして両手を伸ばして怒りに握り締められた歩(あゆみ)の拳を包み込む。
「沢崎さん・・・」
 涙を一杯に溜めた目を上げてまっすぐに歩(あゆみ)を見つめる沢崎あゆみ。
 友情に言葉はいらなかった。


第662回(2005年08月24日(水))
「で、どうなの?」
 聡(さとり)が聞く。
「結果としてどうなったの?どっちが悪いってことになったの?」
「どっちが悪いも何も無いわよ。一般人なんてマネージャーの名前も知らないでしょ?結局引き起こしたトラブルは全部あゆ本人の責任って話で流通してるじゃない。週刊誌なんてあたかも見てきたように“普段からのわがままぶり”をどこの誰だか知らない“関係者の話”として載せまくってたでしょーに」
「それだ」
「ん?何が?」
「丁度その頃お兄ちゃんが庭で焚き火してたんだけど、雑誌燃やしてたんだわ。多分」
「こ、こわー・・・ん?」
 ちょっと考え込む恵(めぐみ)。
「さっきから聞いてると・・・お兄ちゃんってあゆファンなの?」
「あ、・・・しまった」
 “しまった”じゃねーよ!


第663回(2005年08月25日(木))
「え、えーと・・・もう一度掛けてみようかな・・・」
 話を反らす様に再び携帯電話に向かう聡(さとり)。

 時間にすれば一時間程度だっただろうか。
 歩(あゆみ)と沢崎あゆみは話し合った。
 歩(あゆみ)は「芸能界の裏話」的なことには興味は無く、ひたすら沢崎あゆみの創作の裏側を知りたがった。
「今考えている作詞ってどんな感じなんですか?」
「うーん・・・どんな感じといっても難しいなあ・・・上手く説明できないというか・・・」
 決して「オタク気質」は強くない歩(あゆみ)だったが、大好きな沢崎あゆみ関連となるとかなりの知識がある。それを活かして色々と細かいところまで質問してみるのだが、何を聞いてもあまり要領を得ない。
 本人は余り意識していないが、彼女の意識は完全に天才型のそれだった。細かい計算をしながら創作している訳ではないのである。
「け、結構意外・・・」
「よく言われる」
 微笑む歌姫。
 と、立ち上がって大きく“のび”をする。


第664回(2005年08月26日(金))
「本当にありがと。最高の気分転換になったわ」
 沢崎あゆみはそう言ってまたサングラスをずらし、そしてウィンクする。
「そんな!・・・とんでもない・・・」
 中腰を浮かす歩(あゆみ)。本当に“恐れ多い”という心持ちで一杯だった。
 携帯電話を取り出して電源を入れる沢崎あゆみ。
「あゆみちゃん、けーたい貸して」
「あ、・・・はい」
 歩(あゆみ)は言われるままに差し出す。
 沢崎あゆみは慣れた手つきでたたたっ!とボタンを押す。
「メルアドと電話番号入れといたんでよろしくね」
「え・・・えええええっ!」
 何が起こったのか分からなかった。
「他の人に教えちゃやーよ」
 おどけた口調。


第665回(2005年08月27日(土))
「あたしからも送るから」
 今度は自分の携帯電話に歩(あゆみ)のそれを入力している。
 歩(あゆみ)の舞い上がりぶりはもう半端ではなかった。何だか現実感が無い。
 その時、ほぼ同時に二人の携帯電話が鳴った。

 一瞬顔を見合わせて、同時にボタンを押す二人娘。


「あ、つながった」
 少し驚く聡(さとり)。
「お兄さんね」
 恵(めぐみ)が確認する。
「そーそー、あもしもし!お兄ちゃん!」


「またお前か・・・」
『あ、もしもしぃ!お兄ちゃん聞いてよ!』
「・・・何だよ」
 その瞬間だった。
「はぁあ!?」
 大きな声が背後からする。


第666回(2005年08月28日(日))
「あによそれ!ざけんじゃないわよ!」
 歌姫が怒鳴っている。
 先ほどまでと余りに違う剣幕に驚く歩(あゆみ)。
「あーはいはい!すぐ行くから!はぁ?うっさい!行けばいいんでしょ行けば!」
 店中の人間が振り返るほどの大声だった。折角変装までして身を隠していた意味が無い。
「沢崎さん・・・」
 受話器の口の部分を押さえて妹との対話を遮断して眺めている歩(あゆみ)。
「ごめん、何だか取り込んじゃった」
 叩きつけるように電話を切り、すっくと立ち上がる沢崎あゆみ。
 テーブルの上のものを適当にセカンドバッグに詰め込み、伝票を掴んで立ち去ろうとする。
「あ、沢崎さん!これ!」
 テーブルの上には大学ノートが置きっぱなしになっていた。大事な大事な作詞専用のノートのはずである。
「あ、それあげるわ」


第667回(2005年08月29日(月))
「ええっ!そんな・・・」
 歩(あゆみ)持ち上げる途中に、ページがぱらぱらとめくれてしまう。
 だが、そこには何も書かれていなかった。
「大丈夫大丈夫。もうその曲の作詞殆ど終わったし」
「・・・?」
 “終わった?”でも、ノートには何も書かれていない。
 まさか・・・。
 歩(あゆみ)は軽く背筋に戦慄が走った。
 正に天才の片鱗を見た瞬間だった。

『もしもし!もしもーし!』
 受話器の向こうで妹が叫んでいる。
 折角のあゆとの邂逅なのにぶちこわしである。
「妹さんも大事にね。大丈夫、いつでも会えるから。それじゃ!」
 颯爽と去っていく沢崎あゆみ。
 正に夢見たいな出来事だった。


第668回(2005年08月30日(火))
『もしもし!お兄ちゃん!』
「・・・何だよ」
 ぶすくれている歩(あゆみ)。
『凄いニュースだよ!またあゆが行方不明事件を起こしたんだってさ!』
「・・・ふーん」
『あれ?どうしたの?あゆの話なのに食いつき悪いなあ』
「電話で話したくないよ。もういいだろ。帰るぞ」
『ひょっとして今どこにいるのか知ってたりして』
「・・・知ってるよ」
 思わず本音を話してしまう歩(あゆみ)。
『・・・お兄ちゃん今“知ってる”って言った?』
「言ったけど」
『何それ?ひょっとして見えるところにいたとか』
「・・・ぺらぺら喋れねーんだよ。本人との約束もあるしな」
 それでは喋っているのと余り変わらないのだが、歩(あゆみ)本人はその矛盾に気付いていないらしい。
「あ、そうだ。もう戻してくれ」
 ファミレスの席に再びペタンと座って言う歩(あゆみ)。
『・・・』
 何故か言葉に詰まる聡(さとり)。


第669回(2005年08月31日(水))
「いーから戻せって。タイミング計ってトイレとか行くから戻せ」
『お兄ちゃん・・・じゃなくてあゆみちゃん・・・その話は今はちょっと・・・』
「・・・?何を言ってんだ」
 少し間がある。この時に何かがおかしいことに気が付くべきだった。
『興味あるわね』
 突然妹の声が大人っぽくなった・・・訳は無い。
 歩(あゆみ)は反射的に“しまった!”と思った。
『単なる世間話ならいいんだけど、さっきのは聞き逃せないの。ごめんね』
「・・・卑怯じゃないですか」
『悪かったと思ってるけど・・・』
 恵(めぐみ)の声が神妙になる。
 カランカラン、と音がした。

「あ、やっぱりここだった」
 店の入り口からはかなり距離があるはずなのだが、まるで目の前にいるみたいだった。
 そう、歩(あゆみ)が緊急回避先として選んだファミレスに聡(さとり)と恵(めぐみ)が一緒に入ってきたのだった。
 何故か歩(あゆみ)は観念してしまった。


第670回(2005年09月01日(木))
 歩(あゆみ)たちは流されるままにタクシーに乗って、そのまま「ラシュモア企画」の事務所に連れてこられてしまった。
 別にそのまんま所属がどうこうという話ではない。
 聡(さとり)は大いに乗り気な様だが、ファミレスの様な不特定多数のいるところでは話したくない話題だったのである。
「それにしても奇遇よね〜。あんなところにいたなんて」
 気を遣っているのか、前の座席に座っている恵(めぐみ)。
「はあ…」
 自然と口数が少なくなる歩(あゆみ)。何しろこの状況である。ばれてはいけないし、それでいてごまかさなくてはいけないし、とにかく複雑な状況下だった。
(お前・・・何も喋ってないだろうな!)
 無声音で妹をつっつく歩(あゆみ)。
(うん!多分大丈夫!)
「何を話してるの?」
「あ、いやその…」
「あ!そうそう!お・・・あゆみちゃん!あゆに会ったんだよね?」
 ややこしいが話題をそらしてくれるのは有難い。


第671回(2005年09月02日(金))
 パタン、とドアが閉められる。何だか監禁されてしまったみたいだ。
「あの・・・めぐさん・・・」
 聡(さとり)が流石に不安そうな声を出す。
「ごめんごめん。でも大丈夫よ。何度も言うけどうちは合法的に大人しくやってるから。ちょっと話の内容が他言をはばかるもんだから」
 恵(めぐみ)としては、それは沢崎あゆみのことを指している積もりなのだが、それがこの二人にどれ位伝わっているのか。


第672回(2005年09月03日(土))
「さーてと。座って」
 そこは会議室の様だった。
 会社といってもでかいビルを占拠していたりする訳ではない。
 そこそこ大きなオフィスビルの一角をレンタルして構成されている会社らしい。
 しかし、諸々の大騒ぎの後だけに、入り口を入ってからどの様な会社の内部だったかなどまるで覚えていない。
 会議室はそれほど広くない。学校で言えば普段は物置として使われている「視聴覚準備室」を綺麗に片付けて椅子と机を並べるとこんな感じだ。六畳一間というところ。
「少しだけよ少しだけ。終わったらお茶出してあげるから」
「結構です」
 歩(あゆみ)のその声は高かった。そう、“男装”の格好のまま身体はまだ女の子に性転換したままの状態なのである。


第673回(2005年09月04日(日))
「いや、簡単よ。…聞きたいことは山の様にあるけど…最優先課題としては沢崎あゆみと会ってたんでしょ?その時の事を教えて」
「嫌です」
 女の子のままの歩(あゆみ)が即答する。
「ちょっと強引ではあったけど…そんなに邪険にしないでよ」
 実のところ歩(あゆみ)は途方にくれていた。何と言っても現在の状況を説明しようが無いからである。
 今の自分は諸々の状況を考え合わせるに“歌の上手いあゆみちゃん”として認識されているはずだ。それも待ち合わせの場所に現れず、ミステリアスな存在として電話で接触を断ったはずの存在として。
 それが、全くお呼びでない存在の従兄弟の兄貴の着ていた服…どう見ても不自然な“男装”で…に身を包んだ状態で現れたのである。

 …ふ、不自然だ…。無茶苦茶に不自然である。
 そもそも彼女(今の自分)は何故こんなところにいるのか。どうしてこんな格好をしているのか。服の持ち主である「城嶋歩(あゆみ)」は今どんな格好をしているというのか。
 どうやって着替えたのか。というか何故服装を交換したのか。どんな必然性があるのか。
 …考えれば考えるほど不自然極まりない。
「…ちょっと…聞いてる?あゆみさん」


第674回(2005年09月05日(月))
「はいっ!?」
「だから、どうやって沢崎あゆみと出会ったのかって」
「そーそー!あたしも聞きたい!」
 すっかり一緒に質問モードになっている妹。何じゃそりゃ!
「で、今彼女はどうしてるの?」
「…もう帰ったんじゃないですか…」
 出会っていたことまではバレてしまっているみたいなので、そこは観念した。
「まあ、確認はしてみるけど、そうじゃなくてもっと詳しく知りたい訳よ」
「…詳しくって何です?」
「あーもー単刀直入に言うわ。つまり今現在行方不明になってる沢崎あゆみの情報は値千金の価値があるのよ。場合に寄っちゃ報酬出すから教えてって言ってんの!」
 何というあけっぴろげな人だろうか。
 少し悩んでから歩(あゆみ)が答える。
「それだったらその情報にはもう価値はありませんよ」


第675回(2005年09月06日(火))
「…もう帰っちゃったか」
 それほど悔しくもなさそうに恵(めぐみ)が言う。
「はい。二人が入ってくる直前にあのファミレス出ました。すれ違いませんでしたか?」
「ええっ!?そうなの!?うそおー!」
 女子高生みたいに悔しがる聡(さとり)。あ、女子高生か。
「なーんだそうか…」
「ところでお兄さん」
「何です?」
 にやりとする恵(めぐみ)。
 歩(あゆみ)は反射的に“しまった!”と思った


第676回(2005年09月07日(水))
「ん?最近じゃ従姉妹(いとこ)を“お兄さん”って呼ぶのが一般的なのかしら」
 歩(あゆみ)の目の前の風景がぐるぐると回っている。
 いかん…バレる…バレてしまう…これまで両親にもどうにかこうにかひた隠しにしてきた兄妹の秘密が…他人にバレてしまう…。
「うん。そーだよ」
 能天気な声が響いてくる。
「…さっちゃん?」
「あゆみちゃんはお兄ちゃんと同じ名前だから、あたしがからかってよく“お兄ちゃん”って呼んでるんです。その癖が出ちゃったのね。あゆみちゃん!」
 ウィンクする聡(さとり)。可愛い。
 それにしてもよくここまで口からでまかせがすらすらと出てくるものだ。わが妹ながら呆れるというより関心してしまう。
「そ…りゃまた変わった従姉妹だこと」
 余りにもナチュラルなので思わずそのまま流してしまいそうになる恵(めぐみ)。


第677回(2005年09月08日(木))
「…」
 少し考えている風の恵(めぐみ)。
 これでうまくごまかせれば…淡い期待を抱く歩(あゆみ)。
 この時点で取れる対策には何種類かあるだろうが、咄嗟(とっさ)に思いつく方法としては、これ以上傷口が広がらない様にすること、つまりこの場から逃げ出すことが一番マシなのではないかと思われた。
 すっくと立ち上がる歩(あゆみ)。
「ん?どうしたのお兄ちゃん」
 もう聡(さとり)は“お兄ちゃん”で通す気らしい。確かにここまで来てしまったならばその方が自然である。
「もうあゆの事はいいんでしょ?帰ります」
「待ってよあゆみちゃん」
 こうなると、変身した後の名前の設定(?)を同じ名前にしておいたのは幸いだった。反射的に返事をしてしまったりするのはどうしても防げないからだ。もっとも、一番いいのはそんな姿を少なくとも余り他人に晒さないことだが。
「いい加減にしてください」
 嫌そうな気持ちを込めて言う歩(あゆみ)。
「いいのかしらこのまま帰って?」
 恵(めぐみ)が不敵な表情を浮かべた。


第678回(2005年09月09日(金))
「…どういうことです?」
「流石にあたしもそう簡単に騙されないよ。そんな不自然な話がある訳ないじゃない」
 もう何も考えられない。ここはもう強引にでも突破するしかないのだろうか。
「あー、強引に逃げ帰るとかも無しだから。もう連絡先だって押さえてある訳だし」
「…何なんですか」
「ん?」
「何なんですか!僕らに何か恨みでもあるんですか!」
「いや…別に恨みなんて…」
「僕らだって別に好きでやってる訳じゃないんです!」
 妹は好きでやってるみたいだが、この際そんな細かいことは言ってられない。
「そっとしていてくださいよ!」
「…?」
 不思議そうな顔をする恵(めぐみ)。何やら「あてが外れた」という表情だ。
「めぐさん、単刀直入に聞いていいですか?」
 聡(さとり)が神妙な口調で割って入った。


第679回(2005年09月10日(土))
「何かしら?」
「めぐさんはどの辺まで気が付いてるの?」
「おい!」
 妹を静止しようとする兄…今は“姉”だが。
「無理だよお兄ちゃん…ここまで迫られたら隠せない」
 頭の中が沸騰しそうだった。二人とも突き飛ばしてでも逃走しようか…など色々考えたが…本当にこれしか選択肢は無いのだろうか?
「そうねえ…かなり確信に近づいてると思うけど…?」
 自信を取り戻した様に言う恵(めぐみ)。
 馬鹿な…改めてその言葉が他人の口から放たれるのを見て絶望的な気分になる歩(あゆみ)。


第680回(2005年09月11日(日))
 思えば一学期の中盤、三週間程度前だっただろうか…に気が付いてから、今日まで妹におもちゃにされ、今日子ちゃんなどに目撃されつつも「あゆみ」という新キャラまでひねり出して何とかごまかしてきたのに…。
 早くも歩(あゆみ)の脳内では、“ばれた”後の絶望的なシミュレーションが開始されていた。
「それにしても信じられない話だと思いません?そんなこと」
 聡(さとり)は何を言おうとしているのだろうか。一見して認めた様に発言していながら、何やら巧妙に結論を誘導しようとしているらしい。
「ま、確かに不自然ではあるわね」
 とっぴな可能性であることは恵(めぐみ)も認めた。
「でもね、さっちゃん。わが国のとある学者はこう言ってるわ。「ありえない可能性を全て排除したならば、どれほど信じられない結論が残ったとしても、それが真実だ」ってね」
 本格的にマズイ。
 唯一の救いの可能性としては、「念じるだけで他人を性転換&異性装出来る能力」などというものを、まともな人間が到底信じないであろう、というものに縋(すが)るしかないと考えていたのだが、この発言でそれも封じられた格好だ。
 口で言っても信じないのは勿論のこと、こんな能力は目の前で起こってるのを見たって信じない人は信じない。
 それをその可能性まで到達されているなんて…。