おかしなふたり 連載681〜700

第681回(2005年09月12日(月))
「…それでどうなんです?めぐさんの狙いは?言葉は悪いけど、“ゆすり”ですか?」
 開き直りとも取れるカマである。
 だが、この場は交渉役を聡(さとり)に一任することにした。流石に言語感覚の発達した妹である。よくよく考えればこれまでも話が進むにつれて色々な条件をいつの間にか飲まされていたことが多かった。この妹はこういう口八丁ならお手の物なのかも知れない。
 首を傾げる恵(めぐみ)。
「…よく分かんないなあ。あたしはてっきり遠まわしにそういう活動をしたいっていうアピールかと思ってたんだけど」
「“そういう活動”って?」
「それこそ歌手活動とかさ」
「そんな馬鹿な!どうしてそんな回りくどいややこしいことを!」
 思わず歩(あゆみ)が口走ってしまう。
「だったらはっきりと申し上げます」
 凛々しい口調の妹は余り見たことが無い…が、素材がいいだけになかなか決まっている。
「よろしくお願いします」
「おい!」


第682回(2005年09月13日(火))
「…ってごめんごめん」
 ぺろりと舌を出す聡(さとり)。
「一応ボケないと」
「お前なあ!」
 “こんな時にウケ狙ってどうする!”と続けたかったが、即席漫才などもう沢山だ。
「ま、いいわ」
 突然、諦めた様に言う恵(めぐみ)。
「え?」
「いいんですか?」
「うん。いい」
 事態は急展開を何度も告げていた。
「てっきり遠まわしなアピールだとばかり思ってから乗ってあげたけど、その気が無いってんならこれ以上交渉しても無駄ね」
 …助かった…のか。
 大きく安堵のため息を漏らす歩(あゆみ)。
 が、しかし、それでは事態は半分しか終わっていない。どうにかこの仕事熱心なお姉さんの口を塞いでおかなくてはならない。
「折角誘ってもらってスミマセンでした」
「いや、いいのよ。スカウトで断られるなんてよくあることだし」


第683回(2005年09月14日(水))
 こうなると少し気の毒な気もするが、こちらだって背に腹は代えられない。条件はあるものの、自由に性転換出来る能力なんぞ周囲にバレた日にはどんな好奇の目に晒されるやら想像も付かないのだ。
 もしもこの秘密の暴露を盾に交渉されればこちらは一方的に不利な状況であることは変わりないのである。
 つまり、一見すると大人しく引き下がったかの様に見えるが、あちらはまだまだ大きなカードを隠し持っている状態なのである。
「じゃあ、諦める代わりにと言っちゃなんだけど、最後に見せてくれないかな?」
 ビシイッ!…と、空中に亀裂が入ったかの様に空気が張り詰める。
「見せる?…何のことです?」
 あくまでとぼける聡(さとり)。
「まーたまた。とぼけちゃって」
 顔を見合わせる兄妹。


第684回(2005年09月15日(木))
「あゆみちゃんの変身能力よ」
 来た…遂に来た。
 どうやらこの人はこの兄妹が“お互いに”変身させあえるというところまでは気が付いていないらしい。
 だが、「あゆみに変身能力あり」のところまでは確実にたどり着いたのだ。でなければこんな、口に出せば正気を疑われかねない提案など持ち出せるはずがない。
 顔を見合わせたままの兄妹。
 これまでに比べて長い沈黙が訪れた。
「…どうしようかお兄ちゃん」
「…どうって…」
 会話をしながら十中八九その可能性にはたどり着いていながらも、こうして他人の口から「変身能力」とか言われてしまうとやはりショックだった。
「一回見せれば勘弁してもらえるんですね?」
 これは歩(あゆみ)。
「ええいいわ」
「…やるしかないわよ」


第685回(2005年09月16日(金))
「…兄妹で一斉にやるの?」
 また、ビシイッ!と空気が張り裂けた。
「そこまで…?」
「いや、だって着替えでしょ?…ってそうか、女の子同士になるのか」
 凄い…歩(あゆみ)は感心した。
 気が付いたという叡智だけではない。確かにありそうに無い可能性を全て潰していけばどれほど突飛な可能性であったとしてもそう信じるしかないかも知れない。
 だがそれにしても「念じるだけで性転換できる能力を使っているに違いない」という、余りにも現実離れしすぎていてアホらしい結論を“信じられる”のが驚きなのだ。
 またも顔を見合わせる兄妹。

(…どうする?絶対ばれてるって)
(っつったってどうするんだよ!)
(とりあえず一回やってみせよう。それで満足してくれるって言ってるし)
(…)

 以上は二人の以心伝心である。長い付き合いなのでこの程度ならば言葉はいらなかった。


第686回(2005年09月20日(火))
「じゃあ、この場はとりあえずあたしに任せて」
「…」
 そんなこと言ってもいつもお前が勝手にやってるじゃないか…とは思ったがそれは言わない。
「何を見せればいいんですか?」
「何って…そりゃ早変わりよ」
「じゃあ、リクエスト下さい」
「おい!」
「いいから!」
「ふーん…じゃあ、OLの制服がいいな」
「…この間の」
「そうね。そんなこともあったわ」
 腕組みをして少し考えている聡(さとり)。
「分かりました。それじゃいいですか?」
「はいどうぞ」
「まず、そこの入り口を閉めてください」
 聡(さとり)は会議室の入り口を指差した。


第687回(2005年09月21日(水))
「うん、確かにそうね」
 納得した恵(めぐみ)は立ち上がってドアに近づき、内側からロックする。
 これには歩(あゆみ)も納得だった。これ以上目撃者を増やしても仕方が無い。
「じゃあ、一気に見せますからこれで最後ですよ」
「うん…」
「まず、お兄ちゃんを元に戻して、それから女の子にしてOLの格好をさせます」
「はい」
 物凄いことをすらすら言っているが、正にこれから起こることそのまんまである。
「で、サービスってことでもう一種類着替えさせますんで」
「…おい」
「まーいーじゃない!折角なんだし」
「何が折角だ」
 結局それが狙いか…。


第688回(2005年09月22日(木))
「…あっち向いて無くていい?」
 恵(めぐみ)が言った。
「いいですよ?…って見たいんじゃないんですか?変身するところ」
「でも、着替えるんなら…見せてくれるってんならいいけど」
 どうやらこの人はやはり「変身」までは気が付いても「服まで変化させられる」ことには気が付いていなかったらしい。
 確かにそれほど妙な格好はさせていないし、あのOLの制服を着せた時も別室で着替えてきたことになっている。そこまで気が付いていなくても無理は無い。
「なあ…」
 と、聡(さとり)をつっつく歩(あゆみ)。
 その言葉の中には「服の変身までは知らないみたいなんだから、そこまで見せることは無いんじゃないのか?」というメッセージが込められている。
「逆に説明するのが面倒くさいよ。ここまで来たらそこまで見せるしかないじゃない」
「ごめん、もう一ついいかな?」
 まるで教室で発言の機会を求めるかの様に手を上げて言う恵(めぐみ)。


第689回(2005年09月23日(金))

「はいどうぞ」
 こちらも生徒を指名する様に言う聡(さとり)。悪ノリだ。
「さっきからまるでさっちゃんが主導権握ってるんだけど、二人で無いと出来ないの?」
 正確には二人で力を合わせている訳ではなくて、聡(さとり)が術者なのである。場合が場合なので打ち合わせているだけだ。
「はい、出来ません。あたしがやってますから」
 もうすっかりそこまでバラしている。
「じゃあ、行きますよ。いいですか?」
「ドラムロールがいるわね」
 まるで手品を見物する観客である。
「えいっ!」
 と言って歩(あゆみ)に手をかざす聡(さとり)。
 本当はそんなアクションも掛け声もいらないのだが、雰囲気のためだろう。
 と、それまで男装の下で乳房を押さえつけていたブラジャーの感覚が消滅して行き、すっかり開放されて重力に従った乳房がシャツの内側に直接接触した。


第690回(2005年09月24日(土))
「…っ!」
 何ともしまらない感触が胸の中にやってくる。
 パンツなしでズボンを履いた時みたいな、何とも不安というか頼りないというか…。
 年頃の女の子…の身体としては、ブラジャー無しという方が不自然になってしまっている。
 ここまで来ると「女の身体の時はブラジャーの感覚」というのがセットとして認識されているのだ。
「はいはい、もう一気に戻すよ。そーれっ!」
 クラシック音楽の指揮者みたいに手を空中でくるくるっ!と振り回すと、パンティもガラパンに戻り、スリップも消失して服はすっかり男のものに戻す。


第691回(2005年09月25日(日))
「でもってとりゃっ!」
 戦隊ものヒーローが何か呪文を唱えるみたいなわざとらしいポーズをする聡(さとり)。全く持って必要無いのだが、そこは過剰にサービス精神の発達した聡(さとり)である。
 身体の各部がむくむくっ!と男に戻っていく。
 パンツの中の下腹部の感覚がやっと戻ってくる。胸の重さも元に戻る。
「あ…」
 今回はいつも腰まである様な長さに伸ばされていることが多い髪は変わらないのでそのままである。
「はい!見ての通りお兄ちゃんには元に戻ってもらいました!」
 そのまんま手品の口上である。


第692回(2005年09月26日(月))
「…余り変わらないみたいだけど」
 まあ、この程度ではそうだろう。確かに乳房とか消滅したけど、それほどぴっちりした服を着ていたというわけでもないし。
「まーまー、お客さん。見せ場はこれからです」
 お前なあ…。
「どうするお兄ちゃん?じわじわ行く?ゆっくり行く?」
「俺は一気に行って欲しいね」
 この時点で声が戻っていることに注意深ければ気が付いたはずである。
「よし、それじゃこの間の仕様で」
 “仕様”とか言われても分からないが、ここは任せることにした。もうなるようになれである。
「じゃ、めぐさん行きますよ」
 少し歩いて歩(あゆみ)から離れる聡(さとり)。
 そして、椅子に座った恵(めぐみ)と直立の歩(あゆみ)が正対する形になるその間をすたすたと歩いて横切る聡(さとり)。
 何故か目を閉じてしまう歩(あゆみ)。
「はいっ!出来ました!」
 …?
 少し脚を動かしてみる歩(あゆみ)。
 と、そこにはあのざらざらとした感覚があった。
 そしてざらざらの先にはつるつるすべすべがある。
 もう間違いなかった。この独特の感覚はストッキングを履かされた脚でスカートの内側の裏地に触れている感触だ。
「えええっ!?」
 恵(めぐみ)の驚愕した声が聞こえる。


第693回(2005年09月27日(火))
 恐る恐る目を開ける歩(あゆみ)。
 前髪がはらはらと眉毛に掛かっている。
 これは聡(さとり)のセンスだろう。流石に年頃の女の子だけあって髪型には一家言あるらしい。
 身体は動かすまでも無かった。
 胸にはきっちりブラジャーの感触があるし、胸から下にもきっちり女性ものの下着の感触がある。
 …こんなことに慣れたくは無いのだが仕方が無い。いちいち驚いたりうろたえたりは…今もけっこうするけど…していては身が持たない。
 独特の甘い香気が鼻腔を擽(くすぐ)る。
 間違いない。お化粧の匂いである。
 …また化粧させられてる。
「はい!見ての通りOLさんになっちゃいました〜!」
 得意満面の聡(さとり)である。


第694回(2005年09月29日(水))
 思わず椅子から立ち上がったまま固まっている恵(めぐみ)。
「…何?今の…?どうなったの?」
「だから、お兄ちゃんをOLにしました」
 人聞きが悪い言い方だが事実なのだから仕方が無い。


第695回(2005年09月30日(木))
 このやり方だと、まるで車の「ワイパー」で景色をなでたらそこには「入れ替わり」をやったマジシャンがいたような演出になっていたはずである。
「……っ!!」
 何だか恵(めぐみ)さんは物凄く驚いている。
 これにはこちらの方が驚いた。
 全てを見透かした様な事を言ってたのにどうして初めて見た様な顔をしているのか。


第696回(2005年09月31日(金))
「…?」
 ここで声を掛けられるほど砕けた性格をしていないのが歩(あゆみ)なのである。
「ん?どったのめぐさん?」
 妹は別だ。
「…何なの?…これ」
「いや、だから変身して見せたんですけど」
 人を変身させておいて勝手なことを言う。


第697回(2005年10月01日(土))

「…まさかその…本当に変身させたって事無いよね?」
 心なしか恵(めぐみ)さんの声が震えているような気がする。
 よく見ると顔面蒼白ではないか。


第698回(2005年10月02日(日))
「いや、だから本当に変身させたんですよ。OLになっちゃったでしょ?」
「あの…お兄さんなの?」
 質問がこちらに向かってきた。
 何だか女装が知り合いにバレた時の対応みたいで困るけど、仕方なく頷く。
「さっきまで喫茶店にいた?」
「そう…ですけど」
 やっと声を出せた。
 けど、当然女声になっているからその意味で同定の参考には余りならないはずだ。


第699回(2005年10月03日(月))
「…じゃあ、あの“歌の上手いあゆみちゃん”とお兄さんは同一人物なの!?」
 しり上がりに剣幕が上がっていく恵(めぐみ)さん。この動揺はただ事ではない。
「めぐさん、落ち着いてよ。どうしたっての?」
 一人冷静な聡(さとり)が窘(たしな)める。


第700回(2005年10月04日(火))
「どうしたの…って、あんたらこそ何でそんな平気な顔してんのよ!」
 …?
 思わず兄妹で見詰め合ってしまった。
 こちらはOLになっちゃってるから、聡(さとり)からは兄がえらいことになっている映像(?)が認識されているはずだが、そこは慣れた物だ。