おかしなふたり 連載1001〜1020

第1001回(2006年08月21日(月))
 恵(めぐみ)さんが興奮している。
 殆どむき出しになっていた脚に、足首から凄い勢いで靴下が伸びてくる。
 なんと膝の上まで靴下に覆われてしまった。こんな靴下を履いたことなんか無いからびっくりした。遭ったかもしれないけど覚えていない。後で聞いたらこれは「オーバーニーソックス」というものらしい。
 今回は特に何かの衣装とか制服とかではなくて、単に「可愛い服」ということだったみたいだ。
 よく見ると帽子まで被っている。こりゃ本当にオシャレだ。


第1002回(2006年08月22日(火))
「…何か着せられてます」
 電話に向かって言う歩(あゆみ)。
『もお!分かってるわよ!すっぽんぽんならそれはそれでいいんだけど!で、何を着せられたの!?』
 スカートの下の内ももを直接ベッドの上の布団にこすりながらベッドから床に降り立つ。
「…」
 下着の周囲に何も無い上に周囲に垂れ下がってる布が不用意にふらふらと接触したりしなかったりする独特の(慣れていないと大層いらつく)感覚…つまりスカートを履いている感覚が間違いなくする。


第1003回(2006年08月23日(水))
 身体をひねってお尻の方を見下ろしたりする。身体をひねった勢いで短いスカートがふわっと一瞬広がる。…これは可愛い。
 もしも聡(さとり)やめぐさんがこの場にいたら抱きしめてきゃーきゃー騒いでいただろう。
 てゆーか自分自身でなければ間違いなくドキッ!とするほど可愛いし。
 するするっ!とむき出しになった脚をこすり合わせてしまう歩(あゆみ)。これは歩(あゆみ)がスカート姿になった時の決まった癖だった。
 背筋にぞくぞくっ!とする何ともいえない感触が這い登る。


第1004回(2006年08月24日(木))
 男の時には腰の部分から膝の辺りに掛けてはズボンを履いている筈(はず)だからしっかりと包み込まれている感覚がある。靴下を履いていなければ膝から下は開放されている。
 ところがスカートってのは腰の部分から下腹部、そして太ももから膝までが逆に解放されていて、靴下を履いていれば膝から下が拘束されている感じになる。今回は膝上までの長い長い薄手の靴下なので、スカートの中以外の脚全体を包み込んでいる感触だ。
 …ごちゃごちゃ書いているが、つまり要するに『男の時と真反対』なのだ。


第1005回(2006年08月25日(金))
 いつまで経ってもこの感覚には慣れない。
 これまで「慣れた」みたいなことを感じたことは何度と無くあったけども、それはつまり「忘れていた」みたいなもんで、ふと気が付くと「あ、スカート履いてる」みたいな違和感が蘇ってくる。


第1006回(2006年08月26日(土))
 それはそうと、何故こんなことになってるのか。
 我ら城島兄妹はお互いの身体を性転換して異性装させる力がある。それも直接接触する必要すらなく、遠隔操作すら出来る。だから例え妄想であってもなるべく行なわない様に「紳士協定」が結ばれている。当然のことだ。
 だが、今行なわれている所業は明らかに紳士協定違反である。
 こちらの許可も得ずに勝手に変身させている。


第1007回(2006年08月27日(日))
「めぐさん…ごめんなさい。ちょっと一旦切っていいですか?」
『あら?兄妹げんかかしら?』
 何でも読めているみたいな人だ。
「そういう訳じゃないですけど…」
 さっきから声の違和感が酷い。意識せずに出している声が全く違うというのは体験してみないと分からない。


第1008回(2006年08月28日(月))
 そんなこんなで電話を切らせてもらう。
 ヤロー、どうして呉れようか。
 色々考える歩(あゆみ)。
 本来ならば「やり返す」のがいいんだろうけど、こちらは女にされるのに対して向こうは男になるので、ちっとも平等ではない。
 だが、「異性にされる」ことには違いないだろうから「仕返し」としてやってやってもいいんだが、今は恭子ちゃんと部屋に一緒のはずだ。流石にこれは出来ない。


第1009回(2006年08月29日(火))
 こちらが電車の中で花嫁姿にされたのは「不特定多数」のさなかだ。これでは「誰が変身したのか」までは分からない。結構大事の筈(はず)なんだが特にニュースになったという話も聞かない。
 だが、「一対一」の関係で変えてしまったら流石に言い逃れは出来ない。
 だから今この瞬間に「し返す」ことは出来ない。やってやれなくはないけど、そこは武士の情けだ。ならば…電話で文句を言うしかない。
 とりあえず今この瞬間に部屋を出られないのは間違いない。
 恭子ちゃんが来てしまったりしたら大変だ。


第1010回(2006年08月30日(水))
 部屋に引きこもっていった男子高校生の同級生がこんな可愛い姿で出て来たんでは一大事だ。
 いや、体型も性転換してるから、どこからどう見ても同一人物では無いんだけどそれはそれで話がややこしくなるばっかりだ。
 と、その瞬間また電話が鳴った。
 ある意味目を疑った。
 そこには『さとり』の表示があったのだ。


第1011回(2006年08月31日(木))
 兄妹なので分かれば良いってことで表示は適当に設定している。
 …!?
 何が起こっているのか良く分からないが、あいつ(聡(さとり))の側から見るとこういうことだ。まず嫌がってる(と、思ってくれているかどうか分からないが)兄を、自らがやり返されるリスクも承知で「紳士協定」まで破って無理矢理性転換した上、こんな可愛い服まで着せたところで自ら電話を掛けているということになる。
 一瞬で思考を整理する。


第1012回(2006年09月01日(金))
 普通に考えれば突然こんなことをした言い訳に電話してきたと考えるのが妥当だ。
 しかし、だったら最初からやらなければいいってことになる。
 もしかしたら…思わず妄想しちゃって「もしかしたらお兄ちゃん変身しちゃったかも?」と思って電話してきた…ということも考えられないこともない。
 分からん…分からんけどとりあえず出てやろう。ボタンを押す。
「…もしもし」


第1013回(2006年09月02日(土))

『あっ!あゆみちゃ〜ん!げんきぃ〜!』
 いつもの能天気な妹の声が響いてくる。
 多分耳を澄ませば隣の部屋で直接喋っているこえが聞こえてくるんじゃないだろうか。電話している意味が無い。
「…はあ」
 事情が分からないので何とも言いようが無い。何しろこの妹は普通に兄を「あゆみちゃん」と呼ぶので、「どっちのモード」の積りなのか図れないのだ。


第1014回(2006年09月03日(日))
『この間のカラオケ楽しかったよね〜!』
 …「この間」ってのが何時(いつ)何だか分からんけど、何となく事情が見えてきた。
 要するに「あゆみ」(女の子の架空のキャラクター)に電話をした、ってことなんだろう。
 だからこっちの事情も聴かずにいきなり性転換したのだ。「あゆみ」に電話をしたのにいきなり男子高校生の声で出られても困るからだ。


第1015回(2006年09月04日(月))
「どういうつもりだよ」
 何となく分かるけども訊かずにはいられない。
『今さあ、あたしのお兄ちゃんの同級生のきょーこちゃんが来てるのよ。ほら、この間カラオケで一緒になったさあ』
 やっぱりそうだった。せめて電話だけでも…ということなのだろう。


第1016回(2006年09月05日(火))
 それにしても打ち合わせも何もなしだ。
 そもそも「声だけ」変えられることも分かってるのに態々(わざわざ)スカート姿にする…あたりはまあ許すけども…のもナンだ。
『ま、そんなこんなできょーこちゃんに代わるんでヨロ!』
「っ!!ええっ!?!」


第1017回(2006年09月06日(水))
『…っ!…っ!!』
 電話の向こうで何やらもめているのが分かる。目に浮かぶようだ。
「…あの…」
『あ、もしもし…あの…』
 間違いなく恭子ちゃんの声である。
「あ、ども…あゆみです」
 間抜けだが、名前を名乗るしかない。下手な物まねみたいである。


第1018回(2006年09月07日(木))
『ごめんねー。何してた?』
 何だか申し訳無さそうな声である。流石にわが妹よりも常識があるということだろう。
「あ…うん」
 何だか初恋の恋人みたいに話が弾まない。
 小さな頃には近所で一緒に遊んでいた仲なのだが、もうお互いに高校生になっているとある程度「意識」もする。
 そして、今は“ほぼ”初対面に等しいみたいな状態だ。余り喋ったことは無い。「友達(聡(さとり))の友達」という関係なのである。


第1019回(2006年09月08日(金))
『いやその…さっちゃん…あ、城嶋聡(さとり)ちゃんね…の友達だっていうから話してたら何か電話することになっちゃって…ごめんね急に』
「い、いや…いいけど…」
 ちょっと困った。
 こちとら十七年間休みなく「男」をやってきたので、流れるように女の子みたいな喋り方が出来ない。
 しかもこちとら電車の中で花嫁姿にされて諾々と従っているみたいな“気の弱い”女の子…ということになっている…として認識されている。ええい!ままよ!
「電話してくれてありがと」


第1020回(2006年09月09日(土))
 どの程度自然に喋れているのか分からないが、語尾を丁寧にすれば何とか無理が無いことになるだろう。うん。そうしよう。そう思うことにする。
『あ、ごめん。ちょっと廊下に出るね』
 口から何か噴出しそうになった。