おかしなふたり 連載1021〜1040 |
第1021回(2006年09月10日(日)) 「え…あ…そ、そうなんだ」 何しろこちとら自室のドア一枚を経てすぐそばにいるのである。 自分が話している相手の声が隣の部屋から聞こえてきたのではいかにもマズイ。 と、ガチャリと音がした。 本当に聡(さとり)の部屋を出たみたいだ。 |
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第1022回(2006年09月11日(月)) これは自主的な「人払い」だ。 つまり、目の前にいる聡(さとり)に訊かれたくない話ってことだ。 『あ、ごめんごめん。今、大丈夫かしら?』 「まあ…」 『この間も聴き掛けたんだけど…大丈夫?いじめられたりしてない?』 |
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第1023回(2006年09月12日(火)) 「あ、ありがと。大丈夫だから」 『そお?それならいいんだけど…じゃあさあ。今度会いたいんだけど…個人的に』 「…っ!?」 『あ、ごめんね。急に。図々しかったかな』 「いやその…」 『実はその…あのドレスってあなたのなの?』 「…へ?」 |
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第1024回(2006年09月13日(水)) 何だか話が妙な方向に転がり始めた。 「それは…何と言っていいか」 あれは自分の学生服が変化したものだから、自分のものといえば自分の物だけども微妙である。だが、恒久的に存在するものではないからそういう意味では自分のものとは言い難い。 『やっぱレンタルとかなのかな?』 “やっぱ”というのが若干引っかかるが、 「うん…そうだよ」 と答えておく。 |
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第1025回(2006年09月14日(木)) 『そっか…』 明らかに気落ちした声である。ここは思い切って訊いてみることにした。 「着たいの?」 『…まあその…うん…』 何故か遠慮がちに渋々答える恭子。 「どしたの?」 こんなに女の子の声のまま積極的に話しかけている自分が信じられない。やっぱり「電話」というは偉大だ。相手が遠い。 |
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第1026回(2006年09月15日(金)) 『いやだってさ。そんな軽はずみに出来ないよ』 恭子ちゃんの口調も崩れてきた。 「え?どして?いいじゃん。女の子なんだし」 言い終わった瞬間“ちょっとマズイかな?”と思った。まるで別サイドからの発言である。 |
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第1027回(2006年09月16日(土)) 『えっと…“あゆみちゃん”でいいのかな?』 「え、ああ。そうそう。いいよ」 呼び名の話だった。 『幼馴染の男の子と同じ名前だからおかしくってさ。な〜んか変な気分で』 面白そうに笑っている。姿が見られたらさぞ可愛いだろう。 『あたしは「きょーこ」とか「きょーちゃん」でいいから。友達は「きょんちゃん」とかも呼ぶけど』 |
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第1028回(2006年09月17日(日)) 『あゆみちゃん聞いたこと無い?花嫁衣裳って結婚する前にあんまり着ると行き遅れるんだよ』 「へー…ってそうなの?」 余りにも当たり前みたいに言うからすんなり聞いてしまうところだった。 よく聞けば血液型占いと大差の無い“迷信”そのものみたいな話ではないか。 『あこがれるけど…だからせめて触らせてもらえたらなあ…とか』 へー、女の子ってそんな話を気にするんだ…と感心した。 こちとら男なのでウェディングドレスを着る時に「縁起」とかを気にすることは無い。まあ、「体面」とかは気にしたいところだが(そりゃな)。 |
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第1029回(2006年09月18日(月)) それにしても「触らせて」というのは凄い。 こちとら着るどころかそのまま街中(…でも無いけど)を走り回ったり引っ張りまわしたりと大立ち回りまでやっている。 その意味ではウェディングドレス…純白の花嫁衣裳…を「聖なるもの」として仰ぎ見る意識が若干弱くなっているかも知れない。元々男の子と女の子とでは意識が違うのは当たり前だが、それにしてもこの「意識変化」は間違いなく城嶋歩(あゆみ)しか経験していないであろうきっかけによるものだ。 そもそも、希望しないけどその気になればいつでも着られるのである。ちょっと聡(さとり)に頼めば良い。嫌がっているのを無理矢理着せるあの妹が希望したりした日には大喜びで色々お色直しまでしてくれるに違いない。 その辺りも、あらゆる衣装についての意識のハードルを下げている大きな要因だ。 |
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第1030回(2006年09月19日(火)) 少しだけ考えてみた。 こんなに憧れているんだったら、ちょっとぐらい触れさせてあげてもいいんじゃないか?という気がする。 とはいえ、城嶋兄妹に備わった能力を使って変化させた服は、脱いでしまった場合にはそれほど長時間の「変形持続時間」は期待出来ないものだ。それはお互いの実験で確かめられている。 |
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第1031回(2006年09月20日(水)) 『あ、ごめんね。無理言って』 「いやいや別に大丈夫」 少し考えていたので数秒ではあるが沈黙してしまっていたらしい。 『最後にもう一つだけ聞かせてくれる?あたしも友達のところに来てるんで』 「あ…うん」 『答えにくいんだったそれだけ…つまり『答えにくい』ってことね…を言ってもらえばいいんだけど』 「うん」 |
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第1032回(2006年09月21日(木)) 『しつこくて悪いけど、本当に気になるの』 「…何?」 『なんで電車の中で花嫁衣裳着てたの?』 「…」 改めて訊かれると答えに詰まった。 『あそこでも訊いたけど罰ゲームなんじゃないかと思っちゃってさあ。だってあなたも嫌がってたし、その後慌てて逃げるし…』 そういえば思い出した。 「あ、ごめんあの時の一万円返すね」 |
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第1033回(2006年09月22日(金)) 『いや、それは別にいいけど…返してくれるってんなら助かるけど…』 可愛らしい本音が出た。そりゃ女子高生に一万円は大金だ。 「えーと…」 確かに辻褄が合わない。普通の人間が「いきなり」ウェディングドレス姿にされるはずがない。 これはどの様な説明をしたとしてもすんなり行かないのだ。もしも納得してもらう様に話すとしたら、「能力」についても言及せざるを得ない。 「ごめん…」 歩(あゆみ)は話さないことを選んだ。 |
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第1034回(2006年09月23日(土)) 『分かった。もう訊かないや』 「あ、ありがと…」 『“きょーちゃん”でいいって』 「きょ、きょーちゃん…」 誰も見ていないのにかあっと顔が赤くなった。 まるで女子高生同士の会話である。“物理的”にはそうなのだが、精神的にはとても申し訳ない気持ちになる。 |
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第1035回(2006年09月24日(日)) 『とりあえずこれで切るけど、また会おうよ。もう追求しないからさ』 「あ、うん。そうね」 『じゃーこー言っちゃおう。一万円返して?』 字面にするとキツいが、あくまでもお茶目に言っている。 「…うん。分かった」 『あ、じょーだんよじょーだん。お金はともかくまた遊ぼ!ね!』 嵐のような電話は終わった。 |
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第1036回(2006年09月25日(月)) ところが同時にトンでもない出来事が起こったのだ。 トントン。 歩(あゆみ)は魂が尻の穴から噴出すほど仰天した。 自分の部屋なんかを殊勝にノックなんぞするとなると…その人間は外部からきた人間しかありえない。妹ならノックなんぞせんと「おにいちゃーん!」と外から大声を出すだけだし、下手すりゃいきなり入ってくる。 |
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第1037回(2006年09月26日(火)) きょ、恭子がノックしてきてる! 歩(あゆみ)は慌てた。 まさか今会う訳にはいかない。 身体は女になってしまっているし、この可愛らしい制服…かどうかは分からんけど制服っぽい格好…やばい。超やばい。 |
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第1038回(2006年09月27日(水)) これほどヤバイ場面となると、さぞあたふたと慌てふためくと思っていたが硬直してしまった。 まるで女の子みたいに電話しながら“何となく”可愛らしいミニスカートのすそをいじくっていたがそれどころではない。 |
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第1039回(2006年09月28日(木)) 「…っ!」 何とか「ちょっと待って」言おうとしたが、声すらも変わっていることに気が付いた。 この格好のまま出て行くのはとにかく最悪だ。 何しろついさっきまで「遠方にいる」ことが前提の話をしていたのに、隣の部屋にいましたでは「騙していた」ということになっていきなり信用失墜である。 |
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第1040回(2006年09月29日(金)) 間抜けだが、とにかく聡(さとり)に連絡を取るしかない。 大急ぎで目の前の携帯電話に取り付いて短縮ダイヤルから妹にダイヤルする。 妹ということもあって名前は物凄く適当でひらがなで「さとり」だけである。 聡(さとり)はマナーモードにはしないタイプなので隣の部屋でいきなり着信音が鳴り響くことになるが、背に腹は代えられない。 |