おかしなふたり 連載1081〜1100

第1081回(2006年11月09日(木))
 …が、こんなことやってる場合ではない。
 一応こちらを女にするための用は済んだのだから、さっさと戻してもらわないと困る。
 ダイヤルをする布団に包まった美少女。


第1082回(2006年11月10日(金))
 意外なことにほどなくしてつながった。
『あ、もしもーし!あゆみちゃ〜ん!』
 腹が立つほど陽気な声である。
 そして、無意識なのだろうけどこれは上手い方法論だった。
 「あゆみちゃん」とこちらを呼ぶことで、どちらとも解釈出来ることになる。
「あの…今いいかな」
 声は完全に女の子の声のままである。
 目の前にいるであろう恭子に聞こえない様に小さな声で言う。


第1083回(2006年11月11日(土))
『あ、うんうん。な〜に?』
 …こいつ…今の情勢をすっかり忘れてるんじゃないのか?
「いいから戻せよ。今からそっちに行くから」
『こっちに来るの?』
「あ、いや…別にそっちに行かなくてもいいけどとにかく戻してくれ」
 歩(あゆみ)はちょっと想像してしまった。
 今は両親と一緒に住んでいるけど、もしもこの妹と二人暮しだったら外出時以外は戻してもらえないんじゃないだろうか…。


第1084回(2006年11月12日(日))
『ねえねえ!あゆみちゃんこっちに来るってさ!』
 口から心臓が飛び出しそうになった。
「お、おい!まさか!」


第1085回(2006年11月13日(月))
「違う違う!そうじゃなくて!」
『あ、ごめんね〜!』
 電話口の声が変わった。
 その声は恭子だった。
 …咄嗟に自分の意思で変身できない歩(あゆみ)にとってはこうなってしまうと今の声で喋るしかない。
 つまり、また「あゆみ」を演じなくてはならないのだ。


第1086回(2006年11月14日(火))
「あ…うん」
 いつも突発的なので、自分の中で「あゆみ」のキャラが確立していない。
 …というか、変身後の自分を別人格として成立させる気なんぞこっちは皆無なんだから当たり前だ。出来たら逃げ出したい。
『こっちに来てくれるの?』
 とても明るい声である。うう…罪の意識を感じる。


第1087回(2006年11月15日(水))
「そう…だね」
 人に期待されることにとことん弱い歩(あゆみ)は明確に断る返事が出来なかった。
『ってゆーかどの辺に住んでんの?』
 と言って城嶋家のある住所を言う。
 …そんなこと決めてないよ。
「まあ、その辺だよ」
 我ながらいい加減である。


第1088回(2006年11月16日(木))
『うちの学校って今日期末試験だったんだけど、あゆみちゃんのとこもそうだよね?』
「…うん」
 いつもはこんなに切羽詰った使い方はしない脳をフル回転させる。
 城嶋家はごく普通のサラリーマンの家庭で、通っている高校は何の変哲も無い公立高校である。制服は私立みたいにオシャレで可愛らしいのが最大のセールスポイントだ。
 ちなみに城嶋兄妹は特に深いことは考えずに「近いから」通っている。


第1089回(2006年11月17日(金))
 女の子版の「あゆみ」はどこの高校に通っているのだろうか?
 流石に同じ高校って話には出来る訳が無い。じゃあ違う高校なのだろうか?そこは公立なのか私立なのか?そこの試験日程は純然たる公立であるウチと同じなのだろうか?
 辻褄を合わせなくてはならない話が山の様にある。


第1090回(2006年11月18日(土))
「あ…うん。今ヒマだから」
 “女の子として”喋るというのはこの能力が非常に狭い世界に限定して使われている為にほぼ初めての経験である。
 事情を知っている人間は二人だけ。その二人の前でしかほぼ変身しないので「人格」を演じる必要が無かった。
 ところが遂に別人格を演じる必要が出てきてしまったのだ。


第1091回(2006年11月19日(日))
『じゃー一緒に勉強しようよ…ってあゆみちゃんって何年生なの?』
 いきなり確信を衝く質問が来てしまった。だが、これに関しては余り迷う余地が無い。
「二年生」
 三年生と答えてしまうと多分…というか確実に勉強なんて分からない。「教えて」なんて言われたら大変だ。一年生と答える手もあるが、下級生となると色々お互いに気を遣うことになりかねない。
 これは今の自分に非常に近い状態を答えるのが賢明だ。


第1092回(2006年11月20日(月))
『それじゃあ多分一緒に勉強出来るね。あたし今さっちゃんちにいるんだけど、場所知ってるよね?おいでよ』
 そりゃ知っているに決まっている。何しろ今そこにいるんだから。
「うん…じゃ、ちょっと待ってね」
『あ、迎えに行って上げようか?』
「いい!いいよ!こっちから行くから!」
 大声を出して、すぐに口を押さえる。
 壁一枚通して隣にいるというのに、隣から電話の声とシンクロした大声を響かせるのはマズイ。


第1093回(2006年11月21日(火))
『あ、そお。悪いわね。じゃあ待ってるから』
 唐突に電話は切れた。
 恭子ちゃんがこんなに焦って電話を切るタイプだとは知らなかったが、気が逸っていたのだろうか。


第1094回(2006年11月22日(水))
 …えらいことになった。
 考えなくてはならないことが山積みだ。
 いや、落ち着け。落ち着け。
 少々のピンチくらいならば焦りもしたが、ここまで状況がムチャクチャになってしまうともう却(かえ)って腹が据わるというものだ。


第1095回(2006年11月23日(木))
 その時だった。
「…?!」
 頼りなかった下腹部が突如布に覆われた。
 脚全体がむき出しみたいな感覚だったスカートの生地が両脚を覆っていく。
 …やっと戻しやがったか…。
 目の前で生き物の様にうごめいてその形を変えていく衣類…という光景は慣れていなければどうかなってしまうだろうが、こちとら男子高校生の制服をウェディングドレスにされた経験すらある兵(つわもの)である(?)。可愛らしい制服風の衣装が男の私服になるなど全く大したことは無い。


第1096回(2006年11月24日(金))
 やがて服が完全に戻り、そして身体が男のものに戻っていく。
 どういう原理なのか知らないが、歩(あゆみ)が変身するときには必ずこの順番となり、逆に行うことは出来ない。
 そうでなければいきなり衆人環視の中で「身体が男のまま、服装だけ女」の所謂(いわゆる)「女装」状態にされてしまうことにもなりかねない。だが、不幸中の幸い、それだけはないのだ。
 ただ、身体を女に変えられて服も女物に変えられることには変わりない。


第1097回(2006年11月25日(土))
 身体も完全に戻った。よし、これで隣の部屋に行ける。
 行けるんだけど、物凄く厄介なことになってしまった。
 さっき「あゆみ(女の子)」バージョンで「しばらくしたら行く」と返事をしてしまったのである。
 折角来てくれた恭子ちゃんには悪いんだが、これは何が何でも聡(さとり)と打ち合わせをする必要がある。


第1098回(2006年11月26日(日))
 その時だった。
 また携帯電話が鳴る。
 …??
 これはどう出たらいいのだろう?
 表示は何と非通知。
 ということはまず聡(さとり)ではない。メグさんでもないし、沢崎あゆみさんでもない。
 当然両親でもないし…とにかく自分が知っている人間ではない訳だ。

 だったら無視すればよさそうなものだが、以前友人がたまたま携帯電話の電源を切らして公衆電話から掛けてきたのを無視してえらく怒られたことがある。
 番号を見るが見覚えが無い。といっても番号で相手を認識するなんてしなくなってはいるんだが。
 ま、関係者では無いだろうから大丈夫だろう。


第1099回(2006年11月27日(月))
 軽く咳払いをする歩(あゆみ)。
 うん、大丈夫だ。身体も元に戻っているし声も男のものになっている。
 その辺りを存分に楽しんでいる(!)暇が無いのが口惜しい。
「あ、もしもし」
 歩(あゆみ)は電話に出る時は基本的に名乗るのだけど、今回は相手の正体が分からないので黙っていた。


第1100回(2006年11月28日(火))
『ん?あゆみちゃん?』
 それは先ほどさんざん聴いていた恭子の声である。
「あ、どもども」
 何だか間抜けな挨拶になってしまった。
『え?あゆみちゃんだよねえ?男の子の?』
 その言い方は何だと思うが、凄く驚いた声の恭子に何だか気圧されてしまう歩(あゆみ)。