おかしなふたり 連載1141〜1160

第1141回(2007年01月12日(金))
 いかん、この人はめげないタイプだ。少々言った程度では全部自分に都合よく解釈してしまう。妹と話しているみたいだ。
「…もう勘弁して」
 思わず小さくつぶやいてしまった。


第1142回(2007年01月13日(土))
『でさ、今度は男の子のあゆみちゃんに替わって欲しいんだけど』
 相変わらず無茶な注文である。こうなると狙っていやがらせを仕掛けているみたいだ。でも悪意が無い。


第1143回(2007年01月14日(日))
「あ、えーと男のあゆみね」
『ん?』
 しまった!と思った。
 思わず素が出てしまった。
「あ、いやその…」
 背筋を嫌な汗が流れ落ちる。
 自分が女として自分の男をどんな名前で呼んでいるかなんて考えたことは無い。


第1144回(2007年01月15日(月))
『ぶぇ〜!?!お互いに名前で呼び合ってんの!?』
 電話しているだけなのに何故か死にたくなってきた。
『や〜それは考えなかったなあー。でも何か複雑ぅ。あたし「きょうこ」くんって男の子と名前で呼び合えないもん!』
 そんな男いねえよ!と幼馴染なのに心の中でツッコミを入れていた。


第1145回(2007年01月16日(火))
 それよりもどうするかだ。何しろ「電話を替わる」なんてことが出来る筈(はず)が無い。変身は出来るんだけど、自分の意識で出来ない。連絡用の携帯電話は塞がっている。
 …ここは何が何でもごまかすしかない。


第1146回(2007年01月17日(水))
「えーとね。今トイレに行ってるよ」
 よく考えたら聡(さとり)もこの電話を横で聞いているはずだ。
 その時、驚きのあまり口から心臓が飛び出しそうな出来事が起こった!


第1147回(2007年01月18日(木))
 ドアがとんとん!とノックされたのだ!
「!!!?!?!!っ!」
 ぶわさっ!と長い髪を振り乱してドアの方を振り返るグラビアアイドル・歩(あゆみ)。
 見間違いかと思った。
 耳の錯覚だと。


第1148回(2007年01月19日(金))
 しかし、数瞬の後、やはりドアからはとんとん、という音がした。
 間違いなく誰かが叩いているのである。
 もしかして…考えにくい可能性だが、あのアホが来ている可能性が高い。
 おおきな胸をゆっさゆっさと揺らしながらドアに近づいていく歩(あゆみ)。


第1149回(2007年01月20日(土))
 うう、こんな格好で歩き回ったこと無いよぉ…。
『ん?あゆみちゃんどうした?』
「えと…帰ってきたかも。ちょっと待って」
 しどろもどろになりそうだったのに何とかそれっぽいことを言っている自分に少し関心した。


第1150回(2007年01月21日(日))
 動く度に全身の周囲を空気が直接触れていく。
 歩(あゆみ)とて風呂上りとかに半裸で歩き回ることだって幾らもある。
 だが、そういうのとは根本的に違う。胸と下腹部の一部しか隠していない普段着みたいなものだ。
 ミニスイカを押し付けたみたいな胸を邪魔にしながら身体をドアに押し付ける。


第1151回(2007年01月22日(月))
 また来た。トントンだ。
 もう知っている関係者しかありえない。もしも母ならばこんな叩き方は絶対にしない。
 こっちもトントン、と叩き返してみる。
 嬉しそうにまたトントン、と返ってきた。


第1152回(2007年01月23日(火))
 99.99%聡(さとり)だ。開けても大丈夫だとは思う。
 しかし、もしも母やまかり間違って父だったりしたら…。
 でも、この格好ならばまさか自分の息子だとは思うまい。
 ま、こんな真昼間からごく普通の勉強部屋であられもない水着を着ている非常識な女を連れ込んでいる事に関して申し開きをしなくてはならないのは間違いないが、全てがバレるのに比べればずっとマシだ。


第1153回(2007年01月24日(水))
『何だかゴメンね。でも折角いるんなら話したいから』
「あ、いや…うん。ちょっと待ってね」
 思い切って保留ボタンを押した。
 冷静に考えれば、普通に電話していたって保留くらいはする。後ろめたいところがあるから待たせたくないと思ってしまうのだ。


第1154回(2007年01月25日(木))
「…さとり?」
 電話に声が入らないので小さくささやいた。ドアの向こうに聞こえるのかまでは分からない。
『そー!あたし!開けて!』
「周りに誰もいないな!」
『いないよ!その辺は任せて!』
 任せられるか!と怒鳴りたくなったが、ここはぐっとこらえてドアを開く。


第1155回(2007年01月26日(金))
 瞬時にするりと入り込んでくる小娘。
 いちいちリアクションが大変な水着グラビアアイドル状態の歩(あゆみ)を差し置いてさっさと部屋の鍵を掛けてしまう聡(さとり)。
 そして、
「きゃー!あゆみちゃん可愛いーっ!きゃーっ!」
 と言う風に口を動かしてじたばたする。


第1156回(2007年01月27日(土))
 母音を含まずに子音のみで空気を吐き出す様に会話するふたり。
「何なんだよこの有様は!声だけ変えればいいだろうが!」
「いいじゃん!折角なんだし」
「てゆーかどうすんだこのややこしい事態は!」
「それはあたしのせいじゃ無いじゃん!恭子ちゃんが追求するもんだから!」
 台詞だけ見ると取っ組み合い寸前みたいだが、聡(さとり)はあくまでも楽しそうな表情なのが憎らしい。


第1157回(2007年01月28日(日))
「とにかく!あたしがボイスチェンジャーのスイッチ切り替え役やるから合図してよ。任せて!」
 といってウィンクする元気娘。
 喋るのはオレじゃねーか!
「お前、部屋に恭子ちゃん一人残して来たのか?」
 分かりきっていることだが聞かずにはいられない。


第1158回(2007年01月29日(月))
「まーそりゃね。あたし分身の術使えないし」
「…どう言って来たんだよ?」
「そりゃ自然が呼んでるとか言ったのよ!早く出ないと怪しまれるよ!」
 『自然が呼んでいる』というのは城嶋兄妹の間での「トイレに行く」の隠語である。
 子供の頃に一緒に見ていた映画の中で使われていて、お互いに大爆笑し、それ以降二人の間で流行語になったのである。


第1159回(2007年01月30日(火))
「じゃあ戻せ!男の方に替われって言われてるんだから声がこのままじゃマズイんだって!」
 自分のかん高い声が嫌になってくる。鈴が鳴る様に話すことが出来ればさぞ可愛らしいのだろうが、そんな余裕なんて全く無い。
「う〜ん、この水着とかむっちゃ可愛いんだけどなあ…」
「後で写真でも何でも撮らせてやるから今は戻せよ!」


第1160回(2007年01月31日(水))
 実はこの頃…といっても数日前からだが…遂にデジカメを購入して撮影をし始めやがったのである。
 あの全身鏡といい、こいつはこの変身能力に一体幾らのお金を掛けているのだろうかと思う。
 16歳の高校一年生にそんなお金があるとは思えないのでまさか変な方法で稼いでいるんじゃあるまいな?と思ってそれとなく聞いたことがあるのだが、この頃はデジカメといったってかなり安くなっているし、聡(さとり)は無駄遣いしないのでいざとなったら動かせるお金はそれなりにあるというのである。