おかしなふたり 連載1441〜1460

第1441回(2008年01月23日(水))
 …ま、とにかく考えていても仕方が無い。
「いいか、これからやるのは『戻す』ってことだからな。レオタードを男物の下着に『変える』訳じゃないぞ」
『あい』
「それからここは公衆トイレの中だ。一応綺麗に掃除はしてあるみたいだけど、この暑さだから床も壁も湿気でべっとりだ。変えるにしてもなるべくこざっぱりした格好で頼む。それこそ学校の制服とか」
 その瞬間だった。


第1442回(2008年01月24日(木))
 腕を覆っていたレオタードが凄い勢いで縮んで行き、Tシャツの半そでの中に引っ込んでいく。
「ちょ…ま!…」
 何を言う暇も無く、変化は一瞬で起こった。
 レオタードの上半分がシャツの中で分離し、ワイヤーの入ったブラジャーとなって胸を締め付ける。
 自覚できたのはそこまでだった。


第1443回(2008年01月25日(金))
 気が付くと『変化』は全て終わっていた。
「…!?」
 ふわり、と脚を動かしてみるとあの寂しい感じである。
 そう、歩(あゆみ)は一瞬にして母校の制服に身を包んでいたのだ。
 …勿論女子のだ。
「おい!約束が違うぞ!」
『え!?何のこと?』


第1444回(2008年01月26日(土))
「とぼけるんじゃない!今こっちは制服姿になってるぞ!」
 夏服なのであちこちの生地が薄いのは助かる。
 この暑さなのでちょっとかがんだだけでパンティが見えそうなスカートも有り難いっちゃ有り難いんだが…やっぱり常軌を逸して短すぎる。
 スカートってだけで下半身が下着一枚みたいな感覚なのに、この短さでは本当に露出狂みたいな気分だ。
 これって当の女子でも抵抗ある子はいるんじゃないか?


第1445回(2008年01月27日(日))
『知らない知らない!あたし何にもやってないよ!』
「嘘をつけ!現にこっちは変わってるんだから!」
 鏡が無いのだが、見下ろす身体は確かに花も恥らう女子高生の瑞々しい肉体を可愛らしい制服に包んだものである。
 それにしてもこの、トラッド調の制服を持ち込んだのは誰だか知らないが本当に上手いもんだ…と思う。


第1446回(2008年01月28日(月))
 上手く言えないんだが、何とも上品でしかも可愛らしい。
 それでいて二十歳前の女の子以外が着ると何とも痛々しくなってしまうのだ。
 もう「記号」として「女子高生の制服」というのが刷り込まれてしまっているのだろう。
 パーツ一つ一つを取って見れば…極端に短いスカート以外は女性一般が着てもなんの問題もなさそうなのだが、全体が集合するとそれは「女子高生の制服」以外の何物でもなくなってしまうのである。


第1447回(2008年01月29日(火))
「だから着せ替えは幾らでも付き合ってやるから今は戻す実験をするんだってば!」
『本当だって!あたし何にもしてないよ!何も考えてもいない』
「…本当か?」
『うん』
 聡(さとり)を生まれたときから知ってるけど、こういう嘘をつく妹じゃない。間違いなく悪意は無いだろう。
 じゃあ、何故意思に反して…いや、意思とは関係なく変化が起こったのだろう?


第1448回(2008年01月30日(水))
「とにかくだな、ここではあんまりぞろっとした格好は困るってことだ」
 仕方なく話を続ける歩(あゆみ)。声の違和感は徐々に慣れてはきた。
『はあ』
「それこそこの間めぐさんの時に着せられた床を引きずるドレスとか…」
 その瞬間だった。
 パンティとブラジャーを繋ぐ空白の部分が一瞬にして締め付けられたと思ったら、限りなく軽かったミニスカートの感覚が一気に重くなった。
「うわっ!」


第1449回(2008年01月31日(木))
 いつもはあちこちの変化をいちいち感じることも出来るのだが、この変化は余りにも一瞬なので何も自覚することが出来なかった。
 思わず目をつぶってしまった歩(あゆみ)。
『おにいちゃん!どうしたの!?大丈夫!?』
 携帯電話から妹の声が漏れてくる。
 それでやっと現実世界に引き戻された形だ。

 …だが、今度の違和感は全身に及んでいた。


第1450回(2008年02月01日(金))
 目をつぶったまま携帯電話を掴んでいる手を少しだけ動かしてみる。
 感覚が鈍くなっている様な独特の違和感がある。
 みみたぶが引っ張られる様な感触があり、顔全体が何とも言えずもったりしている。
 唇をあむっとやってみるが、やっぱり何か違う。
 何と言ってもこの独特の甘い芳香…これは間違いなく化粧品のそれだ。
 歩(あゆみ)はばちっ!と目を開けた。


第1451回(2008年02月02日(土))
「…っ!」
 重たいまぶたに違和感を感じながら見下ろすと、そこには別世界が広がっていた。
 いや、場所は相変わらずかんかん照りの昼下がりにむっとするほどの湿気による臭気と、それを強引に押し潰そうとする洗剤の匂いが入り交じった公衆トイレのままである。
 だが、男子用の個室の床は完全に見えなくなっていた。
 鮮やかなブルーのドレスのスカートで埋め尽くされていたのである。
「何じゃこりゃあ!」


第1452回(2008年02月03日(日))
『おにいちゃん!どうしたの!?』
 全身をくまなく見渡してみても完全にあの時のままだった。
 めぐさんに話を信用させる為に着た時のあのブルーのドレスである。
 その内側で胴体を完全に包み込んで締め付けてくるドレス用の下着の感触までそのまんまだ。
「どうなってんだ!また変化してるぞ!」
 この場でその艶やかな姿を客観視出来る人間が居ないのが惜しまれるほど美しい歩(あゆみ)だった。


第1453回(2008年02月04日(月))
 元々可愛らしい造形のその顔は、「お化粧の魔法」で別人の様に美しくなっていた。
 若く化粧ノリのいい肌は濃い目の化粧の持つわざとらしさをぎりぎり感じさせない瑞々しさを湛(たた)えている。
『…ちょっと待って』
 何やら考えている聡(さとり)。
 こちらはつるっつるの材質で作られた手袋でスカートを鷲掴みにしようとしてみたりする。


第1454回(2008年02月05日(火))
 つるつると滑って上手く掴めない。
 それはそうだろう。掴もうとしているスカートも手袋もどちらも床に敷いてあれば間違いなく勢い良くすっ転ぶほどつるつるなのだ。
 ウェディングドレスを着た…というか着せられた時にも思ったのだが、手首を遥かに回りこんで肘の曲げるところまで完全に覆ってしまう手袋なんて男の装いにはまず無いんじゃないだろうか。
 こちとら服飾の専門家じゃないんで知らないけども。


第1455回(2008年02月06日(水))
 めくって中身を見た訳では無いので何ともいえないが、どうやらスカートは多層構造になっているらしい。
 表面を覆っているつるつるの材質の下には丸く膨らませる為の固めの素材があるし、それが何層にもなっているみたいだった。
 脚を動かしてみる。


第1456回(2008年02月07日(木))
 どうやら脚もストッキングに覆われているらしい。
 流石に素脚かストッキングなのか位は歩(あゆみ)にも即座に判断がつく。
 膝を立てる様に持ち上げてみたりしてスカートの内側に接させる。
 その部分が女性の下着独特の柔らかくてすべすべした「スカートの内壁」に当たる。
 その挙動を行なうたびにざざっという音がイヤリングに引っ張られる耳をくすぐる。
 …これが「衣擦れの音」という奴だ。


第1457回(2008年02月08日(金))
 ハイヒールに持ち上げられて少し背が高く感じられることに気付きながらも改めてお姫様みたいな自分の身体を見下ろす。
 何だか顔部分はごてごてもったりし、胴体は締め付けられ腰にはスカートの重さが掛かっているのに、下半身はストッキングを履いている程度で解放されている…という奇妙なコントラストの感触だ。ドレスってのは。


第1458回(2008年02月09日(土))
 それにしても余りにも不快だ。
 お姫様みたいなドレスもいいが、出来たら冷房の効いたからっとした部屋で楽しみたかった。
 あ、いや。楽しみたいというのは語弊があるな…。
 ともかく、この粘りつく様な湿気の中では何を着てたって快適には程遠いだろう。それをこんなに通気性の悪い大量の生地ではまるで炬燵(こたつ)を全身にまきつけているみたいなもんである。


第1459回(2008年02月10日(日))
『お兄ちゃん…もしかしてだけどさあ』
「何だよ」
『今、めぐさんに見せた青いドレス着てない?』
「ああ」
『やっぱり…』
「『やっぱり』って何だよ!『やっぱり』って!」
 漫才のツッコミみたいになってきた。


第1460回(2008年02月11日(月))
『いや、さっきお兄ちゃんが、めぐさんの時のドレスって言ったじゃない』
「言ったけど…」
 折角なので手袋でスカートをいじくっている歩(あゆみ)。
『多分それだわ』
「どういうことだよ?」
『分からないけど、今この瞬間に関して言うと、あたしが連想したりしたら即座にお兄ちゃんの状態に反映するみたい』
「何だって!?」

  



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