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241(2003.7.20.) 「私は「近くの食事が出来そうなところで待っています」と伝えました。もしも花嫁さんに付いて来る意思があれば来るでしょう」 「そんな・・・」 「そうですかね。私は精一杯譲歩しましたよ」 「うん、そーそー」 確かにそうだ。 あの「花嫁さん」の行動はいちいち常軌を逸している。これ以上無いというほどつっけんどんな態度。 夜の闇に乗じて大野は暴行されかかったのだ。抵抗の仕方が下手だったならどうなっていたか分からない。勿論今の花嫁さんには「男性器」が無いので、本質的な意味での「暴行」は出来ないのだが、それにしても悪質どころの話では無い。 そしてトドメは部屋中水浸しにしての手首を切っての自殺未遂騒動である。 まさに「歩くトラブルメーカー」だった。 その意味では、ここでさよならしてしまって全く問題なかった。 「お金は・・・」 「最初の予定通り4万円を置いてきました」 「4万円?」 「昨日のディナーの時に一万円を持っていったでしょ?貴金属を売却した時の20万円を分けました」 「いや、そうじゃなくて」 白鳥さんは絶対に気付いているはずだ。意図的に隠蔽している。 大野はその事実を指摘するのが少し怖かった。 242(2003.7.21.) 「さっきのお金はどうなりました?」 「さっきのお金?」 「とぼけないで下さい。今朝花嫁さんから貰った貴金属があったでしょ?あれも換金してきたんじゃ無いんですか?」 部屋の床には大量の花嫁衣裳のパーツが散乱していた。だが、その中には貴金属だけが綺麗に無かったのだ。 「・・・」 顔を見合わせている白鳥さんと城さん。 「流石は大野さんですね」 「二人占めしようとしてたんですか?」 「まさか。でも花嫁さんには分ける道理はありません」 冷たい声だった。 243(2003.7.22.) 大野は考え込んだ。 自分が花嫁さんにこだわった理由って何だったんだろう。 「お待たせしました。カツカレーの方」 「あ、はい」 それほど広くないテーブルの上にとん、と乗せられるカツカレー。 どうも見た目が黄色っぽい。匂いは完全にレトルトカレーである。まさかそのまま使ってはいないだろうが、ありもので代用しているのは明らかだった。決してこの店が仕込みを行ってスパイスを調合したものなんかではあり得ない。 上に乗っているカツも明らかに揚げ過ぎである。皮が思い切り固くなっている。厚くてさくさくの皮をカリっ!と噛み締める食感など見た目から全く期待出来ない。その上ジューシーさも全く足りず、食べている内に口の中の水分をみんな吸い尽くしてしまいそうなほど干からびた断面が顔を覗かせる。 ご飯もいかにも古い。贔屓目に見ても昨日炊いたご飯の残りだろう。 レトルトな感じのカレーソースすら野菜がごろごろで水分が足りず、バランスも悪い。そもそも量が少ないのである。このカツの質からして、絶対に食べている内にカレーを食べ尽くしてご飯が多いに余ると思われる。 お腹がすいた状態でメニューの「カツカレー」の文字を見るといかにも美味しそうなのだが、そうでなければこれを800円といわれても「ふざけるな」と言うだろう。 そんなカツカレーだった。 「あ、どうぞ。お先に」 「いえ・・・」 大野は他の二人に運ばれてくるのを待つことにしてコップの水を口に含んだ。 ぬるかった。 244(2003.7.23.) 大野の頭の中には色んな事が渦巻いていた。 ここで花嫁さんを切り捨てれば確かに楽になる。しかし一番の問題は資金難だ。 この放蕩生活は確かに楽しい。しかしいつまで続けられるかは分からないのだ。 はやり先立つものは必要になってくる。 額は聞かなかったけど、恐らく先ほどの換金でまた20万円ほど浮いただろう。 「結局今、所持金は幾らになるんですか?」 「お、そういう話に入ってもいいんですね?」 こちらの心を見透かしたかの様な白鳥さんの反応だった。 「お待たせしました〜」 澄んだ声に対して振り向くとそこにはお盆を持ったウェイトレスがいた。 「あ!来た来た〜!」 幸せそうにはしゃぐ城さん。 確かに美味しそうなミートソースの匂いがする。 サンドイッチセットとミートソースが置かれる。 「じゃ、まずは食べましょうか」 白鳥さんが促す。 「いただきま〜す」 もう城さんはスパゲティをフォークでくるくる巻いている。 匂いは確かにいいのだが、大野の目からは小学校の給食で出てきたミートソースを思い出すものだった。 大野もスプーンを手にとってカレーを口に運んだ。 245(2003.7.24.) 目の前の光景が信じられなかった。 妙齢の美女と可愛い女の子。 どちらも自分がしがないプータローだったとしたらこうして喫茶店で一緒にランチとしゃれ込むことなど絶対に不可能だったであろうメンバーである。 246(2003.7.25.) 店内にはインストゥルメンタルというのだろうか、流行歌のボーカル無し版が流れていた。 何とものん気な雰囲気である。 正直、こんな機会でも無い限り二度三度と味わいたいものではなかったが空腹が勝った。 気が付くとカツカレーは大半を食べ尽くしていた。 何か相変わらずだな、と思った。 こうしていると生まれた時から今の姿だったみたいである。 わざわざ意識しなくてはスカートの感覚も分からなくなって来ている。 「白鳥さん」 ふと見るともう城さんのお皿は空っぽだった。 「ジュース頼んでいいですか?」 |