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261(2003.8.15.) 少し考え込んでいる内にコーヒーがやってきた。 大野はミルクだけを入れ、かき回した。 こういう所のコーヒーというのは、何故か猛烈ににがいことが多く、別に甘党でなくとも付属の砂糖でも入れなくてはまともに飲めないことも多いことを経験で知っている。 勝手な決めつけでは、この小粒な喫茶店では、きっと店主こだわりのコーヒー、なんてもんを出してくれるのだろう。きっと。 せめて必死に味を中和しなくては飲めない様な代物では無いに違いない。 「高速道路を活用しましょう」 唐突に白鳥さんは言った。 大野はそれには直接答えず、まずは口に一杯運んだ。 ・・・残念ながらそれは苦いどころか、酸味・・・何やらすっぱい感じまでする。 料理だけでなく、喫茶店の顔でもあろうコーヒーまでこの程度か・・・喫“茶”店だろうに・・・と他人事ながら大野は落ち込んだ。 それは決してまずいものを飲まされたからだけでは無い。 「高速道路って運転したこと無いんですけど、何か違うんですか?」 無邪気に城さんが聞いている。 「免許取る時に体験させられますよね?」 思わず城さんに突っ込んでしまった。 何しろハンドルを任せるということは、一応命を預けるのである。大野とてこんな姿になってしまってはいるものの命はまだ惜しい。 262(2003.8.16.) 「普通の道路を使うだけじゃなくて、高速道路を使うとなると・・・分かりますね」 「あ・・・」 大野は言った。 「何です?」 これは城さん。 「高速道路料金だ」 「その通り」 軽くリアクション付きで言う白鳥さん。 なるほどそれは考えなかった。 「そんなに掛かるんですか?」 「私も日本を半分縦断する車の旅は経験が無いですけど・・・まあ1万円じゃ利かないでしょうね」 「はぁ!?」 大野と城さんの声がハモった。 263(2003.8.17.) 「ご存知ありませんでしたか?」 ぶるぶると頭を振る二人娘。 「ガソリン代も考えれば車での陸路なんて決して経済的では無いんですよ、かの瀬戸大橋なんて片道5,000円もしますし」 「ええ〜!?」 あきれた話だ。一体誰がそんな道路を利用するというのか。ごくたまに通ったとしてもとても通勤通学に使える訳も無い。そんな道路を「開通した」と呼んでいいのだろうか? 「カーナビが無いので正確な高速道路料金は分かりませんが、3万円程度は見ておいた方がいいかと」 「ちょっと待ってください。そんなにお金が掛かるんじゃ、高速なんて使う必要無いんじゃないですか?」 「それはいいですけど、時間が掛かりますよ。一般道だったら渋滞にも引っかかるし」 「構いませんよ。費用対効果の問題です」 大野は力説した。 264(2003.8.18.) 「それで時間が延びたって1日10時間も走るんですよ?せいぜい1日ってところじゃないですか」 「分かりました。まあ、それじゃあ全体の旅路を4日と考えます」 不確定要素もあるだろうから、そんなものじゃないだろうか。 「はい」 「そうなると4伯分の宿泊費が掛かります」 「そっか・・・」 「そして食費も掛かります」 なるほどこれは確かに容易な旅路ではない。 265(2003.8.24.) 「今朝の換金前の所持金はそれぞれ3万円です」 「はい」 「これだけですと宿泊費にも足りません」 ・・・そっか。 「そこで今朝の換金分20万円を使わなくてはどうしようもなくなります」 「はい」 「食費を一人一回1,000円とします」 ちょっと多い気がするが、まあいい。 「4日と考えると3人いますから4×3×3=36。つまり食費だけで3万6千円掛かります」 266(2003.8.25.) 3人分の計算か・・・。 大野は勝手に4人分で更に計算していた。 「ちなみに4人ですと4万8,000円です」 機先を制するかのように白鳥さんは言った。 「宿泊なんですけど、上手く繁華街のカプセルホテルみたいなのを見つけられれば一人5,000円程度で済むと思います」 ああ、噂の「カプセルホテル」だな。 外人が「棺おけみたいだ」とか言った例の奴だろう。 大野は泊まった事は無いのだが・・・。 「あの・・・」 大野が思い切って口を挟んだ。 「今の我々みたいなのでも泊めてもらえるんですかね?」 珍しく白鳥が言いよどんだ。 267(2003.8.26.) 「・・・そうですね」 全てに冷静な白鳥さんが、これだけは考えていなかったみたいだ。 言われてみればその通りで、うら若い女性がよりによってカプセルホテルというのは余り聞いたことが無い。 最近の若い娘は電車の中でハンバーガーをパクつくとかコンビニの前に座り込んで化粧をするとか色々言われているが、カプセルホテルに泊まるとか言うのは許容範囲なのだろうか。 268(2003.8.27.) 「車で寝るってのはどうです?」 大野は言った。 「まあ・・・そうですね」 これまでもそうしてきたのだ。とはいうものの、これまでとは違うかも知れない。 何しろ車の中で一泊したとは言え、それは現場からどさくさにまぎれて逃げ出したさなかの話である。 269(2003.8.31.) 「じゃあ、間を取って普通のビジネスホテルでいいんじゃないですか?」 珍しく城さんが建設的な提案をする。 「安いところなら5,000円台からありますよ」 「そうなんですか?」 「ええ、以前に出張した時に利用しました」 可愛らしい女子高生風の女の子が「出張」というのはいかにも馴染まないが、それはあくまで外見の話である。 「カプセルホテルも使いましたけど、女性はいませんでしたねえ」 そりゃそうだろう。 「でも、カプセルホテルって2〜3千円ならともかく、言うほど安くないですよ。私が使った所は4,500円でした」 「へえー」 これは本当に感心した。 270(2003.9.3.) 「じゃあ、仮に5,000円としましょう」 素早く白鳥さんが取り入れる。 「繰り返します。まず燃料が1万5,000円。食費が3万6,000円。そして宿泊費が5,000円×3人×4泊で6万円」 やはり結構物入りだ。 「合計で11万1,000円になります」 「・・・つまり、現在プールされている予算の約半分になる訳ですね。」 「はい」 「そして、各自5万円の所持金がある訳ですよね」 「そうですね」 「・・・結構余裕があるんじゃないですか?」 白鳥はコップの水を飲んだ。 「まあ、そうかも知れません」 「そうかもって・・・」 「いいですか大野さん」 白鳥が改まった。 271(2003.9.4.) 「これは私たちの旅行が4日で終わると仮定した場合の話です」 「・・・はあ」 「どんなアクシデントがあるかも分かりません。タイヤがパンクすれば修理代もいりますし、もしも病院に掛かったりすれば保険証の無い私たちは医療費10割負担になります」 「あ・・・」 「そしてそれによって一泊伸びればその分宿泊費と食費があっという間に増大します。決して楽観できる数値なんかじゃありませんよ」 言われてみれば白鳥の言う通りだった。それに首都圏まで4日ということだが、あくまでもそれは理屈の上でそう言えるだけのことであって、実際に走ってみないとなんとも分からない。カーナビも無い車で見知らぬ土地を走り抜けるのである。予定通りに行く保障なんか無いのだ。 ましてやこの試算では一日10時間を交代で運転することになっている。「迷っている」時間は計算に入っていないのである。 「それに・・・大野さんは大事なことを忘れてますよ」 「え・・・?」 「あ、分かった」 城は先に分かったみたいだった。 272(2003.9.5.) 「ひょ、ひょっとして・・・」 大野は何故か一気に想像が突き抜けてしまった。 「その・・・月の・・・」 言うのが恥ずかしかった。 一瞬ポカンとする白鳥。 「・・・流石ですね大野さん。そこまでは思いつかなかった」 「え?」 「僅か4日なので、とりあえず必要ないんじゃないでしょうか」 「え?白鳥さんどういう意味?」 「ま、とにかく」 敢えて城のツッコミを無視する形で白鳥は続けた。 「“着替え”が必要になります」 「あっ!」 大野は飛び上がりそうになった。 |