おかしなふたり 連載371〜380

第371回(2003年09月21日)

「関係ある・・・?」
「まーもーはっきり言っちゃうけど、今度雑誌でモデルやんないかって誘われたの」
 しばし沈黙。
「・・・」
 更に沈黙。
「・・・」
 もっと沈黙。
「・・・ごめん、よく聞こえなかったんだけど、もう一回言ってくれるか?」
「うん。この写真で注目されちゃったみたいで、雑誌でファッションモデルやんないかって誘われたの」
「・・・それは新手の冗談とかじゃ無いんだよな?」
「うん。ちゃんとギャラも払ってくれるんだって」
「それは学級新聞とかじゃなくてか?」
「ちゃんとしたファッション雑誌だよ。ビニ本とかじゃなくて」
 ・・・。
「で、それお前は受けたのか」
 歩(あゆみ)の眉間がぴくぴくしている。
「うん。折角だし」
「せ・・・せっかく・・・」
「大丈夫だって。企画物だから、専属契約とかじゃなくて今回限りらしいし」
「当たり前だ!」


第372回(2003年09月22日)

「・・・いつ?」
「今度の日曜日。夏休み前の最後の日曜日だね」
 何だかとんとん拍子に話が進んでいる。
「もう断れないの?」
「大丈夫。ばっちり断れないから」
 意味が分からないが、多分断る気は無いのだろう。ま、お祭り好きのこいつが自主的に断るはずもない。
「そんなこんなで一緒に来て欲しいのよ」
「どうして俺が!」
「だってさあ、ドッペルゲンガーじゃ無いんだから同じ人間が別の場所に2人いたら変じゃん」
「・・・?」
 理解するのにしばらく掛かった。
「・・・ひょっとして男として依頼受けたのか?」
「だって、グラビアには男の子として載ったんだよ」
 そ、そうだった・・・。
「ひょっとして俺の名前語って・・・」
「いや、芸名は“さとし”なんだけどね」
「あああああああああっ〜っ!」
「何か用あるのかな?あるんだったらあたしと入れ替わっといてもらうことになるけど・・・それが道理でしょ?」
「分かったよ・・・一緒に行くよ・・・」
「ありがとー!じゃ、後でこっち来てね。何を着てくか考えるから」
「・・・どうして?」
「だって、どっちにしてもあたしとして来て貰うことになるから」
「へ?」
「別の場所に同じ人間がいるのも困るけど、同じ場所に同じ人間が2人いるのも変でしょ?兄妹でスタジオ入りするってことで・・・」
「・・・」
 歩(あゆみ)は頭を抱えた。
「結局そういうことかよ!」
「うん!」
 笑顔が可愛い妹。何だか兄を女の子に出来る口実が出来たので嬉しいようにすら見えてしまう。
 ・・・それも結構あるのではないか・・・。


第373回(2003年09月23日)

「どういう設定にしようか?」
「・・・」
「あたし・・・じゃなくてボクは慣れてないから弟ってことにしようか?」
「・・・」
 そこそこ人の入っている電車の中で、この美男美女の2人組みはどう映っていたのだろうか。
「ねえ、なんか言ってよ」
「こんなところで話すなよ!後でいいだろ後で!」
「えー、だって・・・駅降りたらすぐだよ。多分」
「人が一杯いるだろうが!」
 小柄で髪の長い、なんというか小動物の様な可愛らしい美少女だった。なにやら周囲をきょろきょろと気にしている。
「ふーん・・・まいーか」
 こちらは隣の美少女よりは頭半分ほど背の高そうな美少年である。
 飄々としていて、こちらもなかなか可愛らしい。
「てゆーか、どうして今からこの格好なんだよ・・・」
「スタジオで入れ替わる訳にはいかないでしょ」


第374回(2003年09月24日)

 いざたどり着いてみるとそこはそれほど広くないスタジオだった。
 というかスタジオと呼んでいいものやら、という感じである。
 恐らく一番奥のほうにそれなりの施設があるのだろうが、その手前は言っちゃ何だが何という事は無い建物である。
「・・・ここなのか」
「みたい」
 何と言うか銀座とか六本木のど真ん中にある全面ガラス張りでチリ一つ落ちていない様なところを想像していたので、少々拍子抜けだった。
「ま、世の中それほど都合のいいことは無いってことだな」
「ふーんだ。ボロは着てても心は錦ってね」
 意味がよく分からないが、まあ負け惜しみなのだろう。
 ちなみに2人とも学校の成績で言うと中の中、というところなのだが、歩(あゆみ)はどちらかというと文型科目が得意で、聡(さとり)は理系科目が得意だった。
 この辺りも一般的な兄妹とは傾向が違う・・・と言えるかも知れない。
「間違ってないよな」
「入れば分かるってば」


第375回(2003年09月25日)

 いざ入り口を入ろうとすると信じられないくらい古臭い建物である。
 一応そこにしてある張り紙には「撮影会」の文字があるのでかろうじて会場であると分かるくらいだ。
「・・・大丈夫なのか?これ。帰った方がいいんじゃ・・・」
「あにいってんの。別に男の売り飛ばしたりしないよ。さー入った入った」
 なんだかんだ言っても、今自分が少年の姿であることの自覚はあるらしい。半端な女言葉使ってるくせに。
 ・・・ちなみに今歩(あゆみ)は、「スカートは嫌だ!」という主張を強引に妹に飲ませて、スカートは履いていない。
 履いていないというか、聡(さとり)の意思ひとつでどんな姿にでもさせられるので、自主的にやっている訳ではない。あえて言えば「履かされていない」というところなのだが、それはともかく。
 ではパンツルックなのかと言うとそうでもなく、なんと「オーバーオール」姿だった。


イラスト:おおゆきさん

 いつもは腰まで届く長い髪も今日は肩口までのセミロングである。
 女の子になった歩(あゆみ)は一回り背も縮んで、ミニサイズである。そこをオーバーオールが体型を隠して丸っこくなっているので、少年なのか少女なのか一見して分からないユニセックスな外見だった・・・。
 だが、流石は聡(さとり)である。
 言うまでも無く、このオーバーオール姿は半端にスカートなんか履くよりも、むしろ凶悪な程の可愛らしさを持っていたのだ!


第376回(2003年09月26日)

 いざ中に入ってみると、鶏がらの様に細い男性が受付をやっていた。“受付”といっても折りたたみの机に書類が何枚か重ねてあるだけである。
「城嶋・・・さとしさんですか?」
「はい」
「貴方は・・・十五番目ですので少々お待ち下さい」
 淡々と話が進んでいる。
 流石に普通の部屋を借り切って、というほどみすぼらしくは無いが、恐らく映画の撮影スタジオの物置か編集スタジオの空き部屋か何かなのだろう。
 周辺の地形がやたらに坂が多く、傾いている為に2階にある控え室にも関わらず半地下みたいなじめじめした感じがして窓が殆ど無い。
「・・・こちらの方は・・・」
「あ、お姉ちゃんです」
 ・・・ちょっと待て!入れ替わってるなら“妹”なんじゃないのか!?・・・と思ったのだが、他人の前で訂正するわけにも行かない。


第377回(2003年09月27日)

「はあ・・・お姉さん・・・」
 ああ、もう知らんぞ。勝手に設定増やしちゃって・・・。
 歩(あゆみ)は頭を抱えたかったが、その受付の男性は特に気にしている風でもない。メモも取っていない。
「はあ、そうですか。少々お待ちいただくことになりますけど、いいですか?」
「は、はい。・・・あはは・・・」
 どすん!とひじで聡(さとり)をつっつく。


第378回(2003年09月28日)

 その後「控え室」に通された。
 「控え室」と言ったって、広めの物置という感じである。
 そしてそこには既に大勢の男性が座っていた。
「あ、どーもー!」
 相変わらず陽気な男の子聡(さとり)。
 それには何の返事も無い一同。
 付き添いなので一緒に入ってくる歩(あゆみ)。
 だが、その部屋に充満する独特の雰囲気に一瞬にしてあてられてしまった。
 な、何だこれは・・・。
 部屋の中にいたのは十数人というところ。それほど広くない部屋なのでいかにも寿司詰めだが、その部屋に漂う異様な雰囲気は人口密度が原因では無い。
 独特の香水の匂いが七月の陽気で立ち昇っている。
 粗末な施設の中で、古臭い扇風機がうなりを上げている。


第379回(2003年09月29日)

 物怖じしない性格の聡(さとり)はさっさと座り込んでぱちぱちと携帯電話でメールなんかやり始めている。
 こいつは神経が太いの何のというよりも何か大事な感覚が欠けているんじゃないだろうかと思うんだが・・・。
 歩(あゆみ)は何となく居心地の悪い視線を感じていた。
 ・・・みんな、こっち見てるよな。
 オーバーオールを着るのは初めてである。齢十七歳にもなるとこんな子供っぽい格好なんかしないよ。女の子でもない限り。
 まあ単に大き目のズボンであるとも言える。その意味ではスカートに比べれば、男である歩(あゆみ)にとってはずっと過ごしやすい。
 だが、そこは几帳面な聡(さとり)のこと、きっちりブラジャー始めとした女性の下着を着せられている。どうせ見えないんだからいらんと言ってるのに・・・。
 何故かドキドキする。
 大きく足を投げ出して組んでいる聡(さとり)は・・・いつもと余り変わらないんだけど、男の子の仕草としても堂に入っている。がさつというか適当なのだろう。全く、スカート履いて無いとやりたい放題だなこいつは。
 その隣にパイプ椅子を引き寄せて座る。
 全身にちくちくと視線がささるので、どうしても所作が小さくなる。
 それが客観的には非常に可愛いのだった。


第380回(2003年09月30日)

 ・・・見られてる・・・よな。
 どうにも気になる。
 そうか・・・今、自分ってこの部屋で紅一点なんだ。
 こ、紅一点・・・。
 考えると何だかドキドキしてきた。
 何だか頼るかの様に聡(さとり)の方を見てしまう。
 こいつはこいつでにこにこでメールなんか打っている。こんな半地下みたいな部屋で通じるのだから都会の真ん中って凄い。

 どうやら聡(さとり)と一緒に入ってきたお陰で声を掛けられていないみたいだった。
 何となくこの部屋に充満する息苦しさに気が付いてきた。
 上手く言葉で表現出来ないのだが、この部屋にいる連中の全身から発するナルシズムとでも言うべき雰囲気がどうにもにがてなのだった。
 そして、最初から周囲に対するとげとげしい雰囲気を隠そうともしていない。・・・それは、歩(あゆみ)が知っている同年代の男子校生たちとは明らかに違うものだった。
 恐らく美人コンテストの楽屋というのはこんな感じなのではないか。
 スカート履いて来なくて良かった・・・。