おかしなふたり 連載381〜390

第381回(2003年10月01日)

「はい次の人どうぞ」
 先ほどのトリガラ氏が声を掛ける。
 「さあ始めます」とも何とも言わずにいきなり始まっているのか。
 いや、その開いているドアの向こう側をすたすた歩いている人がいる。
 これはもうとっくに撮影会なんて始まっているということだろう。
 つんつんと聡(さとり)をつっつく歩(あゆみ)。
「なあ、もう始まってるのかな?」
「うん。そーなんじゃないの」
「・・・こういうのって一人ずつやるのか?」
「そうだって聞いた」
 お前は電話で色々聞いてるのかも知れんけどこっちは知らないんだよ!
 ・・・と大声を上げそうになったがそれはこらえる。
「意外に早く済みそうだな」
「うん」
 とか言いつつメール打ちに余念が無い。ちっともこっちを見ないのである。
「誰とメールしてんの?」
「友達」
「・・・」


第382回(2003年10月02日)

 話しながらも何となく周囲からの視線が気になる。
 そろそろ今の自分の何となく甲高い声にも慣れてきたが・・・周囲の人間にはこの2人の会話はどう見えているのだろうか。
 恋人同士・・・とかにやっぱり見えるのだろうか。
 歩(あゆみ)の勝手な決めつけだけども、ここにいる人間はどいつもこいつもガールフレンドには不自由していないだろうなあ。
 その時だった。
「すみません!」
 凛とした声を響かせて一人の女性が入ってきた。
「あの・・・後藤さんはいらっしゃいませんか!?」
 しーん、とする室内。
 地味な色のリクルートスーツみたいな格好いい服装の長身の美人だ。

イラスト:おおゆきさん

 その女性は相変わらずきょろきょろしている。
 と、何故かこちらに目を留めてきた。
「あの・・・後藤さん?」
「ち、違います!」
 歩(あゆみ)は慌ててかぶりを振った。


第383回(2003年10月03日)

「そう・・・違うの・・・」
 その女性はとてもがっかりしたみたいだった。
「城嶋さん」
「はいっ!」
 トリガラ氏に呼ばれてほぼ同時に立ち上がる兄妹。
「すみません・・・」
 その格好いい女性を押しのける様にして部屋を出る二人。
 狭い廊下でどこに向かうかを聞き、薄汚い廊下を降りていく。
 すぐそばにエレベーターがあるものの、いかにもポンコツでとても乗る気にならない。どうせ下りなのだし構わないだろう、と男の子になっている聡(さとり)は何段も抜かしてひょいひょい飛び降りる様に下っていく。まるで子供である。
「おい待てよ!」
「あはは!面白ーい!」
「お前なあ!小学生かよ!」

 このみすぼらしい建物には実は地下室があった。
 こちらは打って変わってなかなか立派である。何とも見かけによらないというか・・・。
「へー、こりゃ立派」
「ま、撮影会って位だからな」
 意外なほど広いその部屋は、まさにイメージ通りの「写真スタジオ」だった。
「あの・・・」
 びっくりした。
「あ、あなたは・・・」
 そこにはさっきのボーイッシュな女性がいた。


第384回(2003年10月04日)

「あ、どうも。あたしはこういう者です」
 そう言って名刺を出してくる。
「はあ・・・」
 何故かモデルとして呼ばれている聡(さとり)ではなくて、歩(あゆみ)に声を掛けてくる。
 名刺を手に取る歩(あゆみ)。
 そこには
『ラシュモア企画 八重洲 恵』
 とあった。
「あの・・・」
「単刀直入に言うと・・・というか、突飛な質問をしていいかしら?」
「はあ・・・」
 とても困っているらしく、その目は真剣である。
「何です?」
 面白そうだと思ったのか聡(さとり)が割り込んでくる。
「ええとね・・・OLの制服持ってる?」
 一瞬沈黙。
「・・・え?」


第385回(2003年10月05日)

 一瞬周囲が凍りついた。
「あの・・・今・・・何と・・・?」
「ゴメンゴメン。そーよね」
 といって頭を振る八重洲と名乗った女性。
「スミマセン!どういうことなんですか!?」
 もう目をキラキラさせて飛びつく聡(さとり)。
 どうやらこの妹は動物的なカンで“面白そうなこと”を嗅ぎつけたらしい。
 ということはつまり歩(あゆみ)にとっては受難の予感である。
 それにしても、明らかに“その辺にいた女の子”に近い今の歩(あゆみ)に「OLの制服持っている?」と聞くのは無茶苦茶である。まるで禅問答だ。
「いやね・・・実は今日約束してた女の子が来ないのよ・・・」
 はあ、それがさっきの「後藤さん」なのだろう。
「素人と仕事する危険性は充分把握してたんだけどね・・・今日だって何人か来てないのよ」
「そうなんですか」
 それは知らなかった・・・が、ありそうな話である。そしてそっちの方にそれほど執着していないところを見ると、そこは最初から織り込み済みなのだろう。
「でも頼んでた2人が2人とも来ないなんてあたしの計算違いだったわ・・・」
 と言って爪を噛む。癖だろうか。
「それが何でOLの制服なんですか?」
 相変わらず声が弾んでいる聡(さとり)。まるで女の子である。注意する訳にもいかないので困る。
 てゆーかそろそろイヤーな予感がしまくり。
「それがその・・・OLの制服持参だったのよ。たまたま今日はそれだけこっちで用意してなくて・・・」
「ありますよ!ねえお姉ちゃん!」
「えええええっ!?」
 飛び上がりそうになる。歩(あゆみ)。


第386回(2003年10月06日)

「ご、ごめんなさい!ちょっと!」
 慌てて歩(あゆみ)は駆け出した。
「おにい!・・・お姉ちゃん!」
 すぐに聡(さとり)が追いかけてくる。
 何しろ入り口の扉が巨大で重いので一気に外に出る訳にはいかない。仕方なく隅っこに固まって話し合うしかない。
 いか、ひそひそ声での怒鳴りあいである。
「何考えてんだよお前は!」
「だって!困ってたじゃない!」
「シチュエーションが無茶過ぎるだろうが!どうして単なる付き添いの俺がOLの制服持ち歩いてんだよ!コスプレイヤーか俺は!」
「細かいことは気にしない!」
「細かくねえよ全然!」
「でもさあ、今協力出来るのってあたしたちだけじゃん?」
「ま・・・そりゃそうだけども・・・」
 今会ったばかりの他人にそこまでしてやる義理は無い・・・とまでは口に出せない。
「それなら協力して上げるのが人の道でしょう?」
「ってお前はいいけど、その“協力”すんのは俺じゃねえか!」
「そんなこと無いよ。お兄ちゃん変身させるのあたしだし」
「変身させられるのは俺だっつーの!!」
「あの・・・」
 背後から声が掛かる。
「OLの制服持ってるってのはホント?」
 切羽詰った目である。


第387回(2003年10月07日)

 ちょんちょん、と聡(さとし)が突っつく。
 ・・・これは仕方が無い・・・のかな・・・。
「あの・・・」
「持ってるのね?」
 仕方なく不承不承うなずく。
「大丈夫!ギャラはしっかり払うから!てゆーか個人的におごってあげる!


第388回(2003年10月08日)

「まかせて下さい!」
 何故か聡(さとり)が胸を張る。
「えっと・・・もう贅沢は言わないんだけど、どんな制服なんだか実際に見せてくれる?」
 ビシイッ!!と空気が凍った。
 見せられる訳が無い。そもそもそんなもの現時点ではこの空間に存在していないのである。
 これから聡(さとり)の特殊能力で今歩(あゆみ)が着ているオーバーオールをOLの制服に変形させるのだから。
「いやあの・・・その・・・」
 油汗が流れ落ちる歩(あゆみ)。
「ブルーかピンクか紺色なのか・・・あ、見せてくれなくても先に色教えてくれる?」
 頭の中が真っ白になりそうだった。てゆーかOLの制服ってそんなに種類があるんだ・・・。妹と違って“制服マニア”で無い歩(あゆみ)は大いに困った。
「え、えーとですね!」
 珍しく聡(さとり)が動揺している。
「あの・・・お姉さんはどの色がお望みで」
 歩(あゆみ)は聡(さとり)を思いっきり蹴っ飛ばしそうになった。


第389回(2003年10月09日)

「え・・・?」
 質問の意味が分からずに一瞬戸惑う恵(めぐみ)。
「あっ!す、すすすすいません!とにかくすぐに着替えますね!こ、更衣室はどこですか?」
 どうして聡(さとり)の方が慌てているのか部外者にはさっぱり分かるまい。
「あの・・・モデルまでやってくれるのね?」
「は、はい!そうなんです!」
 てゆーかそれしかあり得ないのだ。
「臨時の場合だから・・・ちょっと待ってね」
 そばの人に何やらひそひそ話しかけている。
 聡(さとり)を一発どつく位はやりたいところだが、ここはぐっとこらえる歩(あゆみ)。
「廊下を出てすぐのところに録音スタジオがあるわ。今誰も使ってないからそこで着替えてくれる?」
「は、はい!」
 並んで歩き始める兄妹・・・いや今は姉弟か。
「あの・・・一緒に着替えるの?」
 恵(めぐみ)が素朴な疑問を呈する。
 びくうっ!と止まる二人。
「あ、あの・・・」
 確かに申し開きも出来ない。この年になれば姉弟で一緒の部屋で着替えるというのも不自然である。
 耳元でひそひそ声の聡(さとり)。
「仕方ない、一人で行ってお兄ちゃん」
「ったってなあ・・・」
「多分お兄ちゃんが部屋に入ったと思うタイミングで遠隔操作するから」
 とんでもないことになった。


第390回(2003年10月10日)

 一人でてくてく廊下に出る歩(あゆみ)。
 セミロングの髪がさらさらになびき、丸っこいオーバーオールが犯罪的に可愛らしい。
 ドアを開けたすぐの所に別の男性がいた。
 何とも怪しげな色気を湛えている。
 はっきり言えばホスト臭い男だった。
 ・・・この撮影会の基準はどんなんなんだ?
 年齢はそれほど離れている感じはしないんだけど・・・全然住んでいる世界が違うとしか思えなかった。
「あ・・・すいません・・・」
 自分でもこの可愛らしい声が憎たらしい。くう〜っ。
「あ、いえいえ」
 何だこのキザったらしい声は。
 歩(あゆみ)は少女の姿でぞ〜っ!とした。
「あ、あははは・・・」
 冷や汗を流しながら左右を見る。
 その、「録音スタジオ」とやらは一体どこにあるのか?
 こんなところでぐずぐずしているヒマは無いのである。
「どうかしましたか?」
 どーもしねえよこの馬鹿!
 ・・・何てことは勿論言えない。
 あった!あの奥の鉄のドアだろう。
 詳しいことは分からないけど、「録音スタジオ」なんて言うからには防音が施してある重いドアなのはありそうな話だ。
 その時だった。
「・・・っあ!」
 身体に変化が起こり始めた!
 ば、馬鹿!早すぎるよ!
 目の前のキザ男が目を見開いている。