おかしなふたり 連載411〜420

第411回(2003年11月06日)
「こーやってさあ」
 自ら見本を示してくれる恵(めぐみ)。
「両手で抱きしめるみたいにして書類ってのは持たないと」
「はあ」
 確かにそういう風な仕草はいかにも女性的な感じだ。
 もうこちらとしては言われるままなので、再び受け取った書類の束を身体の前面に抱える。
「そう!それよそれ!可愛〜い!」


第412回(2003年11月07日)
 ・・・結局何だかこうしておだてられておもちゃにされているのはいつもと変わらないな。
 早速カメラマンの人があれこれ準備を始めている。
 うう・・・あれに写されるのか・・・。
 この写真って広く出版されちゃうんだよね。
 歩(あゆみ)自信も最近の若者には違いないんだが、その「最近の若者向け雑誌」にはとんと縁が無い。読む読まないではなくて存在自体知らなかった。
 何と言うかその辺りの乖離も著しい。
 でも、よく分からんけどもそれなりに売れているんだろうし、校内新聞よりは枚数というか、冊数も出るのだろう。
 これをもって追求されたりしたらどうしよう・・・。
 まさか親も自分の息子が女の身体に変えられた上にOLの制服に身を包んで雑誌にモデルとして収まっているなどと考えてもおるまい。
 というか、男に化けた妹すら気が付いた高校生の情報網である。
 結果としてそれは勘違いだった訳だが、それにしても他校からすら駆けつけてくる位なのだから、「顔」自体はそれほど変わらずにこうして出版された写真に誰か何かを嗅ぎ付けるのは当然だろう。
 ・・・どうしよう。
 今更ながら不安が渦巻いてきた。
 だってここに来るまでは単なる付き添いの積もりだったのに!


第413回(2003年11月08日)
「めぐさん」
 もう聡(さとり)は“めぐさん”なんて呼んでいる。
「ん?何?」
 呼びなれているのか違和感無く応える恵。
「ちょっと軽く助言してきていいですか?」
「あ、お姉さんに?」
「そ、そう。お姉さんに」
「いいけど、もう大分撮影準備とか進んでるから手短にね」
「了解です」

「はい、じゃーちょっと動かないでね」
 目の前に何だか変な機械を差し出される。どうやら画面にどう映るかを測定する機会みたいだがよく分からない。
「ごめんなさい。ちょっといいですか?」
 後ろから声が掛かる。
 びくっ!とした。
 そこには見知らぬ少年がいたからだ。
 だが、考えるまでも無くそれは自らの能力によって少年に変えられた妹・聡(さとり)だった。
 もう、素の判断力まで低下しているのか。


第414回(2003年11月09日)

「お、おい・・・」
 またまた素で応答してしまうOL歩(あゆみ)。
「いーからいーから」
 そりゃお前はいいかも知れんが他の人は違うだろう、と思うのだがそのあたりはこの妹は一切意に介さない。まったく長生きしそうである。
 ここから先はひそひそ声である。
「お兄ちゃん緊張しすぎだって」
「だってお前・・!」
「まー分かるけどさあ。とりあえずさっさと終わらせなきゃ始まんないよ」
「・・・」
「ひょっとして顔出しが恥ずかしいの?」
「当たり前だ!」
「大丈夫だよ。まさかお兄ちゃんが女装してこんな写真撮られてるなんて誰も思わないから」
「・・・そうかなあ」
「そーだって!そういう趣旨の雑誌じゃないんだから」
 “そういう趣旨の雑誌”とはどんな雑誌なのか。
「悪かったよ。今日は何でもおごって上げるからここだけ頑張って!ね!」
 ウィンクして去る妹。
 ・・・変な話だが、ここは男らしく腹をくくるしかないのかもしれない。
 表情がきりりとした。


第415回(2003年11月10日)
 とことこと帰ってきて恵(めぐみ)の隣に陣取る聡(さとり)
「・・・」
 と、じぃーっと聡(さとり)を恵(めぐみ)が見つめている。
「な、何か?」
「あんた方面白いよねぇ」
「はい?」
「いや、えーと“さとし”くんだっけ?」
「え?あ・・・そ、そうです。さとしです」
 一応聡(さとり)の男性時の芸名である。全く工夫が無いが、間違えにくくていい。何しろ、聡(さとり)は生まれてこの方自分の名前を一発で読めた人に出会ったことが無いのである。この芸名の方がいちいち訂正する手間が省けると言うものだ。
「なんか、さとしクンと話してると男の子と話してる気がしないのよ」
 びくうっ!とする聡(さとり)。
「え?そ、そうですかぁ?」
 無理矢理ボーイッシュに振舞う聡(さとり)。
「お姉さんとかいる?・・・って目の前にいるわね。ゴメンゴメン!」
 自分でノリ突っ込みをしてる・・・。面白い人だ。
「女の子に人気あるでしょ?どう?」
「いやあ・・・あはは・・・」
 照れて頭を掻く聡(さとり)。何と答えればいいのやら。


第416回(2003年11月11日)
「あゆみちゃーん、一枚だけで終わりだから〜!」
 手でメガホンを作って少し大きめの声を出す恵(めぐみ)。
「緊張しなくていいよ〜!この場にいる人だけだと思いなさ〜い」


第417回(2003年11月12日)
 恵(めぐみ)のその言葉に後押しされたかの様に勇気が湧いて・・・は来なかったが、覚悟は決まった。
 ふう、と大きくため息をついて、カメラに向かう。
 ライトがまぶしい。
 写される側ってこういう風に見えるんだ・・・。
 それは非常に斬新な体験だった。
 さっき舞台袖で聡(さとり)やめぐさんとあれこめ揉めていた時にはしつらえられた舞台しか見えていなかったんだけど、こうして舞台側に立って撮影する側を観てみると・・・なんとごみごみしていることか。
 ライトがまぶしくて聡(さとり)たちの姿も見えにくい。
 それにライトが熱い・・・。ただでさえ七月の陽気がたまらないところに持ってきてこれは応える。
「あやちゃ〜ん!」
 突然カメラマンが大声を出した。


第418回(2003年11月13日)

 びくっ!とするOL姿の歩(あゆみ)。可愛い。
「汗ふいて汗!」
「は〜い!」
 すぐに飛んでくるあやさん。最初から待機していたみたいだ。
「あの・・・」
「いいから、動かないで」
 はたはたと瞬時に汗をふき取り、メイクを直す。当然だが慣れたものである。
「すみません」
「いいのよ。仕事だから」
 顔をいじられながら言う歩(あゆみ)。
「でも・・・」
 あやさんが続けた。
「長引かせない方がいいわ。この陽気だとすぐに汗が吹き出てきちゃうよ」
「すみません・・・」
 ぽんぽん、と軽く背中のあたりを叩くあやさん。
 女性の柔らかくてすべすべの下着に汗がしみこんでいるのが感じられる。
「おわりで〜す!」
 すばやく退場するあやさん。
「あいよ!それじゃ行くよ!」
 覚悟が決まった!これ以上あやさんやめぐさんに迷惑を掛ける訳にはいかない!ここでぐずぐずしてるようでは男じゃない!
 ・・・今は女になっちゃってるけど。とにかく決めるぞ!
 またもきりりと表情のひきしまる歩(あゆみ)。


第419回(2003年11月14日)

 カシャカシャとシャッターを切る音がする。
 何やらカメラをいじってまたカシャカシャと写す。
 ・・・何か話が違うぞ。一枚だけって話じゃなかったのかな・・・。

「・・・随分撮りますね」
「そりゃね。今日のカメラマンは割りとあっさりタイプだけど、人によっては一枚の採用分に対して100枚は撮るよ」
「ひゃ、百枚!?」
「あれあれ、結構詳しそうだったんだけどな」
 面白そうに恵(めぐみ)が笑顔になる。
「まー、素人のグラビアだからほどほどにね」

「えーと、名前何てったっけ?」
「は、はい?」
 頭の中が真っ白になった。
 というか、女の姿で改まって人に話しかけられるなんて・・・この間学校で聡(さとり)の同級生に囲まれたけど、まっとうな大人なんて初めてだった。
 タダでさえ緊張しているのにまたも嫌な汗が噴出しそうだった。


第420回(2003年11月15日)

 その時だった!
「うい〜っす!」
 重い重いドアを開いてどやどやと何人かの男どもが入ってきたのだ!
 ビキイッ!!
 と固まる歩(あゆみ)。
「あやちゃん!元気してる!」
「おーす!めぐちゃん!」
 何だか我が物顔で態度のでかいやつらである。
 年のころは三十代に入るか入らない位か。小奇麗ではあるが、どこかだらしなく見える“崩れた”感じである。
「あ、どーも、おはようございます」
 めぐさんも愛想よく応対している。ひょ、ひょっとしてこれが業界の「時間に関係なく挨拶は常に『おはようございます』」と言う奴なのか!?
「どうしたんですか?」
「それがさー、ドタキャンだよ」
「そーなんだ。思いっきりスケジュール開いちまってもう明日だよ明日」
 全部聞こえた訳ではないが、明らかに業界人だった。