おかしなふたり 連載441〜450

第441回(2003年12月06日)
「そう、言葉自体はギリシア神話ね。神様が最初に生まれるところが「タイタン」って名前だったはず。読み方を変えるとティターンね」
 この言葉もどこかで聞いた気がするが思い出せない。
「でもそれとは関係ないのよ。大川夫婦がどっちも読書好きでね。あちらの作家にカート・ヴォネガット・ジュニアという人がいるの」
 あんまり普段本を読まない聡(さとり)にはチンプンカンプンである。
「はあ」
「でもってヴォネガットの代表作の一つに「タイタンの妖女」って作品があるのね」
「まさか・・・」
「そう、そこから事務所の名前を付けたのよ」
 なんだか人気番組「トリビアの歪(ひずみ)」という役に立たない薀蓄を品評する番組を観ていて「ほぉ〜」と感心しちゃうそうな話だ。


第442回(2003年12月07日)
「じゃあ、・・・え、と何だっけ?そういう名前の小説があるのかな?」
 聡(さとり)が合いの手を入れる。
「近いんだけど惜しいね。あたしも読書好きなんだけど、カルト作家のフィリップ・K・ディックって人がいるのね。濃いファンはPKD(ぴーけーでぃー)なんていうわ。まあHPR(えいちぴーあーる)みたいなものね」
 何だかさっぱり分からない。
 まあ、とにかくそういう作家がいるのだろう、ということまでは何とか分かる。
「でもってこのディックの作品の中でも「タイタンのゲームプレイヤー」ってのがあるのね」
「それが代表作なんですか?」
「うんにゃ。代表的な失敗作」
 聡(さとり)はずっこけた。
「は、はあ・・・」
「この人はとにかく作品数が多くてね。生活のために質より量とばかりに猛烈に書き飛ばしたから駄作率もかなりあるの」
「へぇ、それは知らなかった」
 これは営業氏である。


第443回(2003年12月08日)
「何しろミステリ仕立てなのに途中で作者が飽きちゃったのか犯人も分からないし事件も解決しないで終わっちゃうし散々なの」
「そ、そんな小説ありなんですか?」
「ディック読むならそれくらいは覚悟しなきゃ」
 いや、そんな人読まないし・・・とは口に出さなかった。
「でも、小道具的には結構面白いのよ。映画の「ブレードランナー」って知ってる?」
「あ、知ってる知ってる」
 これは営業氏だが、聡(さとり)は小さく首を振った。
「まあ、古い映画だしね。これに登場する「フォークト・カンプフ検査」というのがあるんだけど・・・」
「めぐちゃん」
 膝をゆする営業氏。
「あ、ごめんごめん」
 めぐさんも結構脱線する人らしい。
「ともかく、この「タイタンのゲームプレイヤー」の中で、“物”が勝手に喋り始める、という現象が起こるの。だから主人公は自分の自家用車と会話したりするのね」
「へー、面白そう」
「それを『ラシュモア効果』って言うの」
 やっと名前が出てきた。


第444回(2003年12月09日)
「それでディック好きだった私は会社の名前を「ラシュモア企画」にしたのよ」
「はあ」
 長い説明である。よりにもよってまあ、偉くマイナーなところからネタを引っ張ってきたものだ。聞いても10人中9人が元ネタになんか気が付かないだろう。いや、100人中99人だ。

「はい!それじゃあ歌いマース!」
 どうやら一巡してしまったらしい。
 聡(さとり)も自分で歌って時間を稼げば良かったんだろうが、男の子の声では何とも自信が無い。人並みにカラオケは好きだけど、何が何でもというほどでは全く無い。
 一瞬場が静まり返った。
 曲のイントロ部分である。
 曲は・・・沢崎あゆみのヒットナンバーで、かなりアップテンポのそれだった。
 激しいイントロが始まる。
 ふと見ると・・・お、兄ちゃんがポーズを決めている!!


第445回(2003年12月10日)
 ポカーンとする聡(さとり)。
 カラオケが好きであることは知っていたけど、まさか振り付けまで身に付けていたなんて!
 てゆーかいつ練習したんだろう?
 ひょっとしたら自分の部屋で密かにやっていたのだろうか。

 ともあれカラオケボックスは湧きに湧いた。
 ひゅーひゅー!と囃し立てるスタッフたち。まるでアイドルの扱いである。
 一瞬、子供っぽいオーバーオールが“あゆ”の舞台衣装の華麗なドレスに見えた。
 思わずごしごしと目をこすってしまう聡(さとり)。
 いざ歌の部分に突入した!


第446回(2003年12月11日)
 カラオケが出来るってんで機嫌のよくなっていた歩(あゆみ)は女の姿に変えられていたにも関わらず、スタッフの皆さんと何言か言葉を交わしていた。
 その時の声は、特に何の変哲も無い声というものだった。印象が特に無かったと言える。
 テレビ番組の現場にいるスタッフは色んなタレント予備軍や、新人タレントを見ている。直接言葉を交わしたりすることこそ少ないが、タレント本人ともよく会う。
 オーバーオールの地味な少女は、よく来るスタジオ観覧の素人の女の子に比べても垢抜けない感じだった。
 露骨に言えば“イモ姉ちゃん”だったのだ。
 何故か身体の発育は割合いいみたいで、OLの制服姿になった時のお尻の丸い形などは中々そそる物があったのだが、着やせするのか“普段着”であろうオーバーオール姿では実に子供っぽい感じである。
 中学生以下のアイドルも多くなってきたが、すれている大人の多いスタッフは、少なくともこの場に集まっている人間はそんな子供には興味が無かった。

 激しいイントロが始まって、目の前の女の子がポーズを付けた時には冷やかし半分で囃し立てたもんだが、いざ歌い始めると何も声を発することが出来なくなっていた。


第447回(2003年12月12日)
 その場にいる聡(さとり)以外の誰もが・・・いや、聡(さとり)すらも・・・背筋にゾッとするものが走り抜けた。
 これはカラオケボックスで素人が歌うレベルの歌では無かったのである。
 声そのものの質が別格であることに加えてその力強さが凄かった。
 アイドル歌手風情によくある「口先だけ」で出す声とは一線を画し、お腹の底から響いている感じだった。
 いや、決して野太い声では無いにも関わらず、地の底から響いてくるかのような力強さだった。
 一気に曲は佳境に突入する。
 恐らく本人も意識しているのであろう、その歌声は当代の歌姫「沢崎あゆみ」に酷似していた。


第448回(2003年12月13日)
 突然OLの制服をどこからか出してきて写真撮影に応じてくれたその女の子は、いざ歌い始めると別人の様になった。
 ただ歌が上手いというレベルでは無かった。
 目の前で突然硬直した観客にも全く動じることなく振り付けを続け、しかもところどころでパフォーマンスすら展開していた。
 しばらくすると、固まっていたでくのぼうたちも我を取り戻して盛り上がりを回復した。
 「あゆみ」という、歌っている歌の作詞・作曲をこなしていた歌手と同じ名前を持つ少女は、僅か数人ではあったが観客を手のひらで扱っていた。
 何と言うか、もう存在そのものに「華」があるのである。
 そして、恵(めぐみ)の体内には別のものが走り抜けていた。


第449回(2004年02月1日)
「で、それからどうなったんだっけ?」
「別に。何も無いけど」


第450回(2004年02月2日)
「そうだっけ・・・」
 何だかぼんやりしている様に見える歩(あゆみ)。
 どうも、彼は満足するまで歌いつくすとそのまま燃え尽きるのか軽い記憶喪失に近い状態になる傾向があるらしい・・・。
 というのは大袈裟だが、ともあれ魂が抜けたかのように成るのは事実である。