おかしなふたり 連載451〜460

第451回(2004年02月3日)
 この間恭子ちゃんも混ぜてカラオケした時もそうだったよなー、と思った。
 実はお兄ちゃんが女の子になってカラオケしたのを聡(さとり)が見た経験は二回しかないのだけど、どちらもこれまでの男のときとは違っていた。


第452回(2004年02月4日)
 何というか、男のときは単なる歌の上手い男子校生なのだが、女の子になったのそれはちょっと半端ではない。
 実は最初の時も、余りの歌の上手さに全員が呆けてしまい、自然にお開きになってしまったのだ。
 カラオケなんてのは全員が素人なのだから、適当に上手い人も下手な人もいてワイワイやるのがいいのだ。場合によっては下手な方が盛り上がることだってある。一人だけずば抜けて上手くては白けてしまうというものだ。
 でもって“お兄ちゃん”がやったのが正にそれだった。
 あんなのを聞かされた後に率先して歌おうと言うのはそうはいない。あの場にいたのは、聡(さとり)含めて平凡な・・・まあ、聡(さとり)は必ずしもそうとはいえないが・・・女子高生ばかりである。
 ひたすら“有難く拝聴させてもらって”自然にお開きとなってしまった。
 ・・・だが、今回のはちょっと事情が違う。
 結果として聡(さとり)の目の前には名刺があるのだった。


第453回(2004年12月12日(日))
 歩(あゆみ)もまた考え込んでいた。
 あの妹にのせられてOLの制服姿で何だかよく分からない撮影会に連れ出された後に、あの気風(きっぷ)のいいお姉さんたちとカラオケをしたところまでは覚えているんだけど・・・。またマイクを独占したみたいだった。

 でもって物凄く気持ちよく歌っていたことまでは記憶にあるのだが、何やかやで気が付いたら自宅にいたのである。
 何だかトンでもない酔っ払いみたいである。いや、お酒飲んだこと無いのでよく知らないけど。
 その時には結構「とんでもないことをしたのかな?」と思わなくも無かった。記憶が一切残っていないというのは穏やかではない。
 正直歌を歌い始めるとかなりノリノリになってしまって周囲を引かせるところが自分にはあるからなあ・・・と歩(あゆみ)は思っていた。
 でも、ちゃんと「次歌います?」と周囲に聞いている積もりなのだが・・・。


第454回(2004年12月13日(月))
 とはいうものの、それからというもの、あのお姉さんから電話が掛かってくるのではないかとビクビクしていた。
 何しろ感じは悪くなかったし、何よりどんなつながりなのか聡(さとり)とは相性がいいらしく何やら仲良くしていたのを覚えている。それに・・・「また電話するから」という台詞を確かに聞いた覚えがある。
 そんな事言われてもなあ・・・家族に知られたらどうするのか。何しろあの人に出会ったのは女人格(?)の「あゆみ」の時なのである。当然自宅にはそんな女はいない。
 この体質がそこから足が付かないとも限らない。バレたところで信じてもらえるとは思えないけど・・・。
 多分聡(さとり)が適当な所で元に戻してつれて帰ってくれたのだとは思うのだが・・・。
 待てよ?でもどんな雑誌に載るのか分からないけど、あそこから足が付く可能性って絶対にあるよな。体型まで完全に変わっていて割合身体にぴっちりつくタイトスカートだったから「女装」でどうにかなるとは思えないけど・・・それにしても顔つきはかなり面影を残しているし・・・。
 うう、心配の種は尽きない・・・。

 だが、その心配は杞憂に終わった。
 ・・・と少なくとも歩(あゆみ)はそう思っていた。
 数日たっても一週間経っても電話は掛かってこなかった。聡(さとり)に訊いてもその後音沙汰は無いという。
 まあ、この件はこれっきりだろう・・・とこの時はそう思っていた。


第455回(2004年12月14日(火))

 歩(あゆみ)は時計を見ていた。
 今は丁度9時。午前の。それも休日である。
 よし、行くか。
 今日は日曜日。普段は「健全な男子校生」であるところの歩(あゆみ)だって人並みに遊びたい時だってあるのだ。今日は都内で男友達と待ち合わせである。
 
 何だかギャグ漫画みたいに抜き足差し足になる歩(あゆみ)。
 言うまでもなく妹に発見されないためである。
 この間は全くひどい目に遭った。
 通学の帰りの電車の中で性転換されたのみならず純白のウェディングドレスなんぞ着せられてしまったのである。
 その時には携帯電話の入っていたカバンがウェディングヴーケに変形してしまい、連絡を取る手段もなくなってしまった。
 ・・・その時は結局、そのままの格好で自宅まで帰らされるという偉い目に遭ってしまったのだ。
 駅構内を走り回る純白の花嫁・・・。自分自身だからそのビジュアルを客観的に観たわけではないんだけど、あの視線の集め方は凄かった。自分だってそんなもの見せられればマジマジと見てしまうに決まっている。
 ああ、あのドレスのスカートって重かったなあ・・・などと「健全な男子校生」らしからぬ回想をする歩(あゆみ)。怖気を奮ってぶるぶると首を振る。


第456回(2004年12月15日(水))
 あの騒動からこっち、歩(あゆみ)と聡(さとり)の兄妹の間では、「相手のあずかり知らない所では相手を性転換&異性装させない」というのが暗黙の了解となっていた。
 この兄妹が持つ「イメージして念じるだけで相手を性転換&異性装させることが出来る」という能力は、いわゆる“遠隔操作”も可能である。
 お互いに遠く離れていたとしても相手を変身させることが出来るのだ。
 確かにこの能力の黎明期(?)には授業中に胸だけ女にされたり、真夜中に髪だけお化けの様に伸びていたこともある。
 それだけではなく、それほど明確に意識しなくても「こんなの着せたら面白そうだなあ」などと思えば相手が変わってしまうのである。
 それが先日の一件によって確実となったのだ。


第457回(2004年12月16日(木))
 であるから、あらぬ妄想をする時であっても、「相手を変えない」こともあわせてしっかり戒めた状態でイメージしなくてはならない。相手の許可無く相手を男にしたり女にしたりしてはいけないのである。
 そう決めておかないと、お互いにまともな社会生活などとても望めなくなってしまう。不定期かつランダムに突然性転換した上に花嫁姿になる生活などあるものか。
 ・・・まあ、全人類がそんな調子ならば問題ないのだろうが、恐らくこの地球上にこの二人しかいないだろう。だから問題なのである。

 という訳での「抜き足差し足」な訳だ。

 幸い今日は両親ともいない。母親は近所の主婦が連れ立ってどこだかに遊びに行ってしまっているし、父親は・・・細かいことは忘れたが映画だか本屋だかに行っている。父は歩(あゆみ)と違って朝が凄く早いので休日はいつも行動が早い。放っておけば昼過ぎまで寝ていることも珍しくない歩(あゆみ)とは大違いである。


第458回(2004年12月17日(金))
 ・・・もしも歩(あゆみ)が家を出る前に聡(さとり)に出会ってしまえば大変である。
 「お互いにあずかり知らないところで性転換&異性装させない」というのが兄妹の間の取り決めである。
 ということは、それこそ聡(さとり)の立場からしてみれば「会いさえすればいい」のである。
 わが妹ならば、出会い頭に辻斬りよろしく一瞬でこちらを女子高生に変身させる位は朝飯前だろう。見たが最後、「じゃあ変えるね!」とか言ってしまえばそれでいいわけだ。しかも状況的にも誰もいない状態で自宅の中。誰にも見られる心配は無い。

 ・・・最悪だ。

 こんな状況では出会ってしまったが最後、どんな格好をさせられるか分かったものではない。



第459回(2004年12月18日(土))
 いや、聡(さとり)だってこっちにはこっちの事情があるってことは分かっているだろう。
 だが、そこはコミュニケーションである。嫌がらせでやってる訳じゃないってのは分かるんだが・・・。16歳の女子高生に17歳の健全な男子が唐突に性転換された上に女装される気分など・・・まあ、分からないだろうなあ・・・。
 きっと想像くらいはしてるんだろうけど、その上で敢えて「自分が」楽しむのを優先している様なところがあるからなあこの妹は・・・。
 もしかして“いじめっこ”ではないが、相手が嫌がってるのを見て楽しんでいる?・・・どうだろう。あながち否定できない・・・。

 いや、夜になったら幾らでも・・・と言う訳にはいかないけど・・・付き合ってやるので、とりあえず朝のうちは勘弁して欲しい。
 もう一息で玄関である。何とか見つからずに出発出来るか!?
 そう思った瞬間だった。
「おっはよー!」

 ・・・がっくりする歩(あゆみ)。


第460回(2004年12月19日(日))
 廊下を歩いている所にダイニングから声を掛けられる。
「お兄ちゃん出掛けるの?」
「まーな」
 こうなったら下手に抵抗しない方がいい。まだ経験してないけど、暑くなってきたしそろそろ露出度の高いセクシーな服とか着せられかねない。

 ダイニングに入る歩(あゆみ)。
 そこには両手で頬杖をついて、何故か制服姿の聡(さとり)。まー、確かに可愛いんだけど。
「・・・友達と会いに行くからな」
 先制攻撃をする歩(あゆみ)。
「何だ、そーかー。この時期なら可愛いキャミワンピとか」
「あー、いらんいらん」
 やっぱりそうだ。御丁寧にも“今時の若い女の子”ファッションで繁華街を闊歩させてくれようとしていたみたいだ。ぶるる。