おかしなふたり 連載521〜530

第521回(2005年02月24日(木))
 床に寝転んで雑誌など呼んでいる聡(さとり)。歩(あゆみ)が部屋のドアを開けたときに常にそうであるようにこちらにお尻・・・というか足を向けている格好である。
「入ってもいいか」
「いーよ」
 こちらも向かない。声が妙な具合になっているのは菓子などつまんでいるのだろう。
 歩(あゆみ)が顔の側に回りこむ様に歩く。やっぱり口にはクッキーなどくわえている。
 その場にあぐらをかく歩(あゆみ)。
「ちょっと話があるんだけど」
「うん。さっき聞いた」
 だったら顔くらい上げろっつーの。
「あー、ちょっといいかな」
「長くなる?その座り方だと疲れない?」
 口からクッキーを取り上げて悪戯っぽく笑う聡(さとり)。嫌な予感が歩(あゆみ)の背筋を走りぬける。
「・・・何となく考えていることは分かるんで止めてくれないかな」


第522回(2004年02月25日(金))
 まあ、この辺りは別の意味で「あうんの呼吸」という奴だった。
 つまり聡(さとり)が考えているのはこういうことだ。
 直接床に座って話す場合、男は胡坐(あぐら)をかくか或いは正座をするしかない。かなり疲れる話である。
 だが、女の場合は「第三の選択」が存在する。それが俗に「女の子座り」と呼ばれている座り方で、正座の状態から膝よりも先を外側に向かって曲げるようにして、お尻を直接床に付ける座り方である。
 下肢がかなり柔ら無くないと出来ず、妊娠・出産のために骨盤が大きな女性にしか難しいとされている。実際には柔軟運動を丁寧に行うことで男性にも可能なことは可能らしいが、殆どの女性は一切特別なことをせずに普通に行うことが出来る。
 最近はこの状態は女性であっても関節に負担が掛かるので余り推奨されないことが分かってきた(正座も同様である)らしいのだが、それでも「女性の特権」という風格すら漂う座法である。
 つまり、「床に直接座るんなら男の子のままだと“女の子座り”出来ないでしょ?“女の子座り”で楽が出来る様に女の子にしてあげようか?」と言っているのである(!)
 それに釘を刺したのである。


第523回(2004年02月26日(土))
「で何?」
 やっと顔を上げる聡(さとり)。
「いやその・・・今日のことだけど」
「あ、大丈夫。お兄ちゃんやっぱスタイルいいよね。破れたりしてなかったから」
「は?」
「スカートのホックも壊れてなかったし」
「そりゃ何の話・・・ってそうじゃなくて」
 どうやら昼間のことを言っているらしい。
「いやいや、結構大事な話だよ。うん」
 ひょい、と起き上がってうつ伏せに寝転がるために胸の下に敷いていたクッションをお尻の下に回して体育座りになる。
「あたし中学の文化祭の時に男の子に制服貸したけどそのまんま着られる子がいなくてスカートのファスナー開けっ放しだったらしいもん」
「・・・男子に制服貸したのか?」
 その話は初耳である。年子なので歩(あゆみ)が高校一年生の時には聡(さとり)は中学三年生である。その時の話だろうか。


第524回(2005年02月27日(日))
「うん」
 にこにこしている聡(さとり)。
「いやー、中坊くらいだと可愛いよねー。まだ第二次性徴ギリギリって感じで」
 知識が豊富なのか豊富でないのかよく分からない。
 まあ、相変わらずの“可愛い物好き”であることはよく分かる。
 しかし、妹だから良かったようなものの、もしも姉だったら・・・さぞかし着せ替え人形にされていたことだろう・・・。ぶるる。
「でもお兄ちゃんは今のあたしの制服が普通に着れてたもん。多分高校二年生の男子としてはかなり珍しい方だと思うよ」
 そういう褒められ方をしても・・・まあ、嬉しくないと言えば嘘になるが・・・実に微妙である。
「その話なんだがな」
 歩(あゆみ)は切り出した。


第525回(2005年02月28日(月))
「この間の電車の件があっただろ」
 この兄妹の間で「電車の件」と言えば、先日のウェディングドレス事件のことに決まっている。
「あれ以来一応取り決めがあったわけだが、ちょっと改めて確認しておきたい」
「取り決めって?」
 とぼけているのか聡(さとり)は言う。
「だからさあ、お互いに合意の上で変身をさせて、そうじゃない場合は決して行わないってことをだよ」
「それってこの間確認したじゃん」
「分かってるよ。しかし今日みたいなことが・・・」
「今日は特別よ。・・・ゴメンゴメン。悪かったと思ってる」
 台詞だけ読むと殊勝な感じだが、悪戯っぽく笑っている屈託の無い表情は深刻な反省という感じではない。


第526回(2005年03月01日(火))
「だから当然服の交換も基本的には禁止な」
 “服の交換”なんてのはお互いに目の前で服を変えてそれをお互いに着替えないとありえないのだから、“勝手に”など出来ようが無いのだが、これも釘を刺す。
「ふーん・・・」
 また何か考えている風の聡(さとり)。
「あと、ちょっと聞いておきたいんだけど、この“能力”についてお前が気付いていることって他にあるか?」
 ここも大事なことだった。
 実はこの謎の能力は、まだまだ分からないことが多い。少しでも多くの情報を知っておきたいのだ。それにや矢鱈に使い慣れている聡(さとり)に聞くのが手っ取り早い。
「そうねえ・・・」
 またクッキーをつまむ聡(さとり)。
 彼女はかなり間食する方なのだが、それでスタイルが崩れたりはしない。これといってスポーツ少女と言う訳でもないのだが、その辺りが世の中の不条理というものなのだろうか。


第527回(2005年03月02日(水))
「着てる服じゃないと変えられないみたいね」
「・・・何?」
 さらりと言い流しているが、これはかなり重大なことである。
「つまり、お兄ちゃんがその辺のハンガーに掛かっているあたしの制服を男の子のにでもしようと思っても駄目なの。多分。でもあたしが着た状態なら大丈夫」
「なるほど・・・」
 確かにそうだろう。一体どんな基準なのかさっぱり分からないが、「着ている服」を変える能力であって、あくまでも「対象となる人間の見た目」を主に変える能力であるらしいのだ。
 つまり、無尽蔵にそこいらじゅうの物質を改変できる能力、と言う訳ではないのだ。
「試しにお兄ちゃんの洋服ダンスに入ってる服とか全部女の子のにしようと思ったんだけど変わってなかったし」
「・・・は?」
「ということなんで安心してね」
 ・・・もう怒る気にもならない。


第528回(2005年03月03日(木))
「ここまでまとめていいかな?」
「うん、いいよ」
「この能力は少なくとも「服」と「身体」を変えるならば出来たら両方とも変えっぱなしにしておくこと。片方だけ戻すことも出来ることは出来るけど、その状態は長続きしない、と」
「そうね」
「これに何か反論とか付け加えることは?」
「「服だけ」は変えられないのよね」
「いや、それはこっちだけだ。お前の側からはこっちを「身体だけ」変えられるけど「服だけ」は変えられない。反対にこっちはお前を「服だけ」変えることは出来ても、「身体だけ」変えることは出来ない」
 ややこしいが、要するに「服が男で身体が女」状態はお互いに出来るが、「身体が男で服が女」状態は出来ない、という便利な特質があるのだ。
「じゃあ、どっちかだけ変えっぱなしはありだよね?」
「・・・そうかな・・・」
 それは考えたことが無かった。


第529回(2005年03月04日(金))
「つまり、俺がお前の服を男ものにしたまんま延々放置出来るか?とかいうことだな?」
「あたしがお兄ちゃんを女の子にしっぱなしに出来るか?ってことね」
 きちんとそこを指摘するのは忘れない。この辺りは駆け引きだ。
「じゃあ、とりあえずやってみるか?」
 何よりもまずは実験である。
「着ている服しか変えられないから、これから寝るって時になったら声掛けてくれ。適当な服を適当な男物に変えるから、それを脱いで箪笥にでも入れといてくれ」
 ふんふん頷いている聡(さとり)。
「そしたらお前は普通に生活しとけばいいから。放ったまんま学校でもどこでも行けばいい」
「もうすぐ夏休みだけどね」
「話の腰を折るな」
「それで、いつ元のあたしの服に戻るか観察する、と」
「そういうことだ」


第530回(2005年03月05日(土))
「ここまで分かったか?」
「分かったけど・・・それじゃああたしの側もいいかな?」
「は?」
 面食らう歩(あゆみ)。
「お兄ちゃんの側の実験は、『この能力がどれだけ持続するか』ってことよね」
「まあ、・・・そうかな」
「だったら「身体」も同じ実験をしなきゃ嘘だよね」
「それはつまりどういう・・・」
「お兄ちゃんはあたしの服を変えっぱなしにするんでしょ?」
「そう、それで実験するんだ」
「だったらあたしもお兄ちゃんの身体を変えっぱなしにする実験をしたいな」
 一瞬沈黙。
「あのなあ聡(さとり)・・・」
「あー、分かってる分かってる。まだ学校続いてるもんね」
「夏休みになってもやらん!」