おかしなふたり 連載1381〜1400

第1381回(2007年11月10日(土))
『だったらきっと理解してくれるってば』
 そう念を押されると少し気持ちがぐらついてくる。
 確かに…それにもしかしたら恭子ちゃんがこの事情を知れば聡(さとり)の無茶も多少は抑制してくれるんじゃ無いだろうか?
 幼稚園の頃ならばともかく、抑制の効く今の年齢になれば尚更だ。
 …数ヶ月前まで女子中学生だった聡(さとり)に比べれば1歳違いなのにえらく大人な恭子ちゃんである。
 そこまで期待していいのかも知れない。


第1382回(2007年11月11日(日))
『どお?そのまま帰る気になった?』
 「そのまま」というのは今の変身状態のままで、ということである。
「あ…駄目です駄目です!」
 急に思いついて激しく否定する歩(あゆみ)。
「僕は変身状態で恭子ちゃんと何度も会ってますから。辻褄が合いませんよ!」


第1383回(2007年11月12日(月))
 脳内で電車の床中に広がった純白のウェディングドレスのトレーンを一緒にまとめてくれている恭子の姿がフラッシュバックする。
 同時に胴体を完全に締め上げてくるウェディングドレス内の矯正下着の窮屈な感触までが蘇ってきた。
 その後の改札口までの逃避行。借りた一万円を返さなきゃ…。いや、それはいいんだけど…とにかく色々とマズい。


第1384回(2007年11月13日(火))
 意図してはいないんだけど、完全に「別人として」何度も会ってしまっている。
 …多分に向こうの方が誤解しているんだけど、まさか幼馴染みの男の子があるときは純白のウェディングドレスの花嫁になり、あるときはピンクハウスの歌姫になったりしているなんて想像も付かないだろう。


第1385回(2007年11月14日(水))
『一応その辺も聞いてるけどね』
 さらりと言ってのけるめぐさん。
「そう…なんですか?」
『うん。でもってあたしがその恭子ちゃんの立場だったらどう思うか考えてみたのね』
「はあ…」
 身近にいる「女」が参考意見を聞くのに何の役にも立たないので、これは貴重だ。


第1386回(2007年11月15日(木))
『別に悪気は無いんだし、こんな突飛な事言い出せなくて当然だもん。そんなに怒ったりはしないと思うなあ』
 前言撤回である。幾ら目の前で見せつけられたからといって、こんなムチャクチャな話をすんなり受け入れられる人の意見はそれほど参考にならないだろう。
「ん〜、秘密を隠してたことに関してはともかく、特異体質そのものはどうです?」


第1387回(2007年11月16日(金))
『あゆみちゃんが女の子になっちゃうってこと?』
「まあ、そうです」
『そうねえ…別に本人が望んでなってるんじゃないわけだし』
「そう!そう!」
 何故だか相槌を打つ歩(あゆみ)。


第1388回(2007年11月17日(土))
『これがくしゃみをしたら女の子になっちゃうとかなら考えるけど、妹の気分次第じゃない?つまりは一応制御出来るわけだし』
 あんまり制御出来て無い気がするんだが…。
『ま、許容範囲じゃないかな』
「やっぱりひっかかることはひっかかるんだ」
『友達としてなら丸っきりOKよ』
 少し間があった。


第1389回(2007年11月18日(日))
『でも、それこそ結婚するとかなると考えちゃうけどね』
「やっぱり…」
『まーね。それこそ素っ裸で向かい合ってる時に突然女になられてもねえ…』
 と語尾の方を笑いで誤魔化すめぐさん。何だか生々しい想像である。
『でもさあ』
 全く同じ調子で会話が続いた。


第1390回(2007年11月19日(月))
『あゆみちゃんにとってその恭子ちゃんって別に彼女とかじゃ無いんでしょ?』
 ドキっとした。
『だったら話しちゃってもいいんじゃないの?』
 …確かにそうだ。
 論理的帰結から言うとそうなる。


第1391回(2007年11月20日(火))
「…とりあえず考えさせてください」
 すぐには結論を出さないことにした。
『ま、いいわ。とりあえず思いついたことがあるから安心して』
「思いついた…?」
『うん。今からすぐにさっちゃんに電話して何とかさせるから待ってて』
 こちらはもう赤ん坊の様に全面的に信頼するしかない。


第1392回(2007年11月21日(水))
 その時、通信が途絶えた。
 めぐさんが切ったのだろう。ここから聡(さとり)に連絡を取るはずだ。
 その瞬間だった。

 トントン。

 心臓が縮み上がりそうになった。


第1393回(2007年11月22日(木))
 一瞬の間があったが、跳ね上がる鼓動を抑えながら叩き返す。

 トントン。

 ドアの外に気配がする。
 誰かがいるのである。
 …これはもう出るしかない。
 女子トイレに入ってしまった段階で、この中で元に戻る路線が完全に消滅してしまったことを意味するのだ。


第1394回(2007年11月23日(金))
 ドアを開けようとした歩(あゆみ)。
 …が、一瞬躊躇(ちゅうちょ)した後、思いついて水を流した。
 大きく聞こえる水の音が響き渡る。
 いやー、危なかった。
 長い髪の毛に覆われた首の後ろと背中に熱が篭(こも)って暑い。
 こりゃたまらん。汗だくになってしまう。


第1395回(2007年11月24日(土))
 カタン!と乾いた音をさせてドアを開ける。
 そろそろと顔を出して周囲を見渡す。
 先ほどドアを叩いた人は諦めて一旦引き上げたのか姿が見えない。
 よし、今の内だ。
 歩(あゆみ)は慌ててトイレを飛び出した。


第1396回(2007年11月25日(日))
 相変わらず楽しげに騒いでいる高校生達の椅子を掻き分ける様に速足で歩く。
 おしゃべりに夢中で気が付かない子たちも大勢いるのだが、中にはびっくりした目でこちらを見てくる子もいる。
 生憎(あいにく)気にしている余裕は全く無い。
 とにかく大急ぎでフロアを突っ切り、階段を駆け下りる。


第1397回(2007年11月26日(月))
 階段では誰ともすれ違わなかった。
 一階の売り場そばの階段から一階に降り立つ。
「ありがとうございました〜!」
 爽やかな声が心に痛いが、仕方が無い。

 もうこうなったらとにかく自宅に向かうしかない。
 腰まである長い髪をなびかせながら颯爽(さっそう)と歩き始めると同時に、形のいい乳房の上に乗っかる形になっている胸ポケットの携帯電話が振動を始めた。
 反射的に取る歩(あゆみ)。


第1398回(2007年12月11日(火))
「もしもし!」
 歩(あゆみ)は速足で歩きながら声を上げる。
『あ、お兄ちゃん』
「そうだよ!」
『大丈夫?今どこ?』
 無邪気な声に怒りがわいて来ない事も無いのだが、ここでコントローラーを無用に刺激しても益はない。なるべく平静を保って淡々と話を進める。
「駅前のハンバーガー屋から出たところだよ」


第1399回(2007年12月12日(水))
『あたしもさっきめぐさんと話したの。ごめんね何だか』
「…とりあえず上手いタイミングで戻して欲しいんだけど」
『それでさー、あたし考えたんだけど』
「新しいコスチュームのアイデアだったらまた今度にしてくれ。今夜いくらでも付き合ってやるから」
 本当はそんな気は無いのだが、とりあえずそう言っとくしかない。
『そーじゃなくて人ごみの中で変身…というか元に戻っても大丈夫な方法のことだよ』
 気になる発言だ。


第1400回(2007年12月13日(木))
 踏み切りを通り過ぎて住宅街に戻っていけば人通りは少なくなるが、同時に不特定多数の人が入っても不自然ではないさっきのファーストフード店みたいなのは少なくなってしまう。
 ここでどう行動していいのかの判断が付け難い。
「…一応訊いとくが、今はそういう話をしても大丈夫なんだろうな?」
『ん?そりゃ大丈夫だよ!その点は任せてよ!今トイレだから』
 とてもじゃないが“任せ”られないのだが、とりあえず無差別な情報漏えいだけは避けられそうだ。