おかしなふたり 連載561〜580 |
第561回(2005年04月13日(水)) 「はい、分かりました」 すっかり分かっている聡(さとり)。 「おい!ちょっと待てよ」 慌てて止める歩(あゆみ)。 「お兄さん・・・っていうかあゆみちゃん、落ち着いて」 “あゆみちゃん”と言われてドキッ!とする。別に名前を呼ばれるのは当たり前で普通のことなのだが、この人は明らかにある意図を持って呼んでいる。 |
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第562回(2005年04月14日(木)) 「何度も言うけど引き抜きとかじゃないから。ぶっちゃけるとウチが実績作りたいからあなたたちみたいなのを沢山引き止めておきたいってそれだけだから」 「ですよねー」 聡(さとり)はすっかり割り切っているらしい。 「折角可愛らしいんだからせいぜい利用しなさいよ」 営業スマイルを見せる恵(めぐみ)。 「それとも何か都合が悪いことでもあるの?」 |
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第563回(2005年04月15日(金)) “女性のカン”という奴なのだろうか、いきなり核心を付いてくる恵(めぐみ)。 「あ、そういえば・・・この間の女の子って今日はいないの?」 |
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第564回(2005年04月16日(土)) 当然ながら空気が凍った。「あの女の子」というのが歩(あゆみ)が変身した後の姿であるのは明らかだからである。 「ちょっと待っててください。すぐに戻りますから」 こういう時に割合慌ててしまうタイプである歩(あゆみ)だったのだが、この時は物凄くテキパキと答えていた。 素早くポケットから携帯電話を取り出して開き、時刻を確認する歩(あゆみ)。 「あと5分です。5分待ってください」 兄は妹の手を取り、ぐいぐいと恵(めぐみ)の視界の外に引っ張っていくのだった。 |
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第565回(2005年04月17日(日)) 「あのさあ」 それほど広くない喫茶店の隅に引っ張っていった妹を目の前にして話し始める歩(あゆみ)。 「お前、どう考えてる訳?」 「やあ、嬉しいなあ」 と、本当に嬉しそうな聡(さとり)。 「・・・何が?」 「手ぇ繋いでもらったのってたぶん中学生以来だから」 「恋人同士かよ!」 歩(あゆみ)まですっかりお笑い芸人と化していた。 「そうじゃなくて素人モデルがどうこうって話だよ」 「うーん・・・いいんじゃないの?」 歩(あゆみ)は確信していた。こいつは絶対に余り深いことは考えていない。 昔からそうだった。 |
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第566回(2005年04月18日(月)) 歩(あゆみ)は自分の性格を「普通」だと思っている。石橋は・・・一回叩けば渡っていいと思う方だけど、全く周囲を確認せずに猪突猛進するほど無鉄砲な方では間違いなくない。 そんな歩(あゆみ)から見ると妹の聡(さとり)は正に無鉄砲の塊だった。全くやったことの無いことでも平気でチャレンジする。ちょっと慣れている人間ならば常識に属することでも「自分が知らないことを尋ねて何故悪いのか?」という調子でずけずけ質問し、何だかその場に溶け込んでしまうのだ。 未知に対する好奇心の方が恐怖心とかを完全に上回ってしまうのである。 やれ素人モデルなんて、自分の顔から何から大きなメディアに露出してしまうことでどんな副作用があるかも分からない・・・と考えてしまうのだ。 「じゃあさあ、お前一人でやってくれ。俺や嫌だからな」 「えー」 |
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第567回(2005年04月19日(火)) 「でも、あの時の“あゆみ”ちゃんを求めてるのよね?」 「そうかも知れんが、俺は嫌だ!」 「どうしてそんなに嫌がるのよ」 「当たり前だろうが!一体どうやって説明するんだよ」 「何とかなるんじゃない?」 これだ。すぐに“何とかなる”という。そしてまあ、実際にどうにかしてしまったりするのがこの妹の魔術みたいなものなのだが、それに付き合わされるこっちはたまったものじゃない。 「何ともならんよ。だって親に話すとか言ってるんだぜ。この間みたいに一回こっきりならともかく、継続的に仕事をするとかなったら絶対にバレちまうよ」 普通この位の心配はするだろうに、と歩(あゆみ)はいらつく。 「うーん、確かに親に話を通さなきゃならないってのは問題だよね」 「それみろ」 「でも何とかなるんじゃないの?反対するようにも見えないけど」 実はそこが更に問題なのだった。 |
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第568回(2005年04月20日(水)) 物静かな父親は多少の抵抗は示すかもしれないが、息子の歩(あゆみ)から見ても「押しの弱い」タイプで、家族の女性陣二人に押し切られればそれほど抵抗出来そうも無い感じだ。 そして母親はまんま聡(さとり)が成人したらこうなるんじゃないか?というほどそっくりなのだった。まあ、親子なのだから似ているのは当たり前なのだが。あの母親ならば聡(さとり)の能力を知ってもさほど動揺せずにこちらを着せ替え人形にして楽しみそうな気がして怖い。 「・・・じゃあ仮にだ」 「あ、認めてくれるんだ」 「仮の話だって」 「じゃあ、そういうことで良いや。何?」 いつの間にか話が進んでいるような気がする。この妹は結婚したら間違いなく旦那を尻に敷くに違いない。そして旦那の側も敷かれている実感すらないかもしれない。 |
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第569回(2005年04月21日(木)) 「仮にお前個人があのお姉さんと契約したとするよな」 「はいはい」 「そうなると求められてるのは、女子高生くらいの女の子ってことだよな」 「まあ、そうかな」 「俺はお前の身代わりとかは絶対に嫌だからな」 ちょっと沈黙。 「・・・やっぱ駄目?」 「やっぱりそう考えていたか・・・」 「まあ、あたしも結構忙しいし」 「何言ってやがる」 軽く頭をポン、と叩く。 この兄妹では日常的に行われているツッコミである。 「お前の“忙しい”は友達と遊びに行くとかそんなんだろうが」 「うん」 「否定しろよ!形だけでも」 |
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第570回(2005年04月22日(金)) 「だってお前、素人ったって金とってやるんだから言ってみればプロだぜ」 「うん」 「だったら優先順位考えろよ。友達との遊びも大事だけども」 何でこんな話になっているのか。 「じゃあ、認めてくれたってことでいいのかな?」 「待てよ。話は終わってない」 「はい」 「とにかく絶対に手伝わないから。お前の身代わりもしないし、男子高校生モデルもしないし、謎の美少女モデルもしないから」 「じゃあ、それさえ守ればあたし個人ならやってもいいのね?」 ・・・話の流れからはそうならざるを得ない・・・よな。 「まあ・・・そうだけど・・・」 その場でガッツポーズをする聡(さとり)。可愛い。 |
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第571回(2005年04月23日(土)) 「何度も繰り返すけど、とにかく俺は手伝わないからな」 「分かったよ。そこまで決心が固いなら仕方ないわ」 決心が固くなかったらやってなかったのかよ! 「今度と言う今度はどんな恐喝でも通じないからな」 「最後に一つだけ質問しても良いかな?」 「ああ」 「とりあえず今回はお兄ちゃんは参加しないってことになってるんだけど、・・・その・・・もしも、もしもだよ。参加する上で一番の問題は何?」 「だってそりゃ・・・色々あるだろうが」 不思議なもので、こう言われると「何が問題なのか?」という気になってくる。が、騙されない。ここは頑張る。 「まず、親にバレるってのが問題だ」 「ふんふん」 指折り数える聡(さとり)。 「友達にだって周囲にだってバレるし・・・そもそもこの体質がバレたらどうするんだ!?」 「やっぱ結局はそこかあ」 自分が主たる原因なのにまるで他人事みたいに冷静に分析する風に腕を組む聡(さとり)。 |
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第572回(2005年04月24日(日)) 「要はバレなきゃいいのよね?」 ほらきた。 「そうはさせないぞ。いつもそうやって巻き込まれるんだからな」 「やっぱ駄目か」 と舌を出す聡(さとり)。 「確かにお前にはこっちをどうにでも出来る能力があるかも知れんけど、最後の最後でこっちが抵抗すれば上手く行かないんだからな。どんな恥ずかしい格好をさせられてても、その場に座り込んで動かなきゃそれっきりだ」 「分かったよ・・・」 と、ちょっと残念そうな上目遣いになる。 う・・・いかんいかん。ここで仏心を起こしては何をさせれるか分かったものではない。ここは心を鬼にして絶対に譲らない。 「例え電車の中で花嫁姿にされようと、教室のど真ん中でメイド姿にされようと絶対にお前の身代わりとかはしない。モデルの」 |
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第573回(2005年04月25日(月)) 「・・・ということで、あたしだけまずは親に相談しますから」 と、聡(さとり)は言った。 「そうなんだ。お兄さんは嫌なのね」 「・・・はい」 改めてみると「めぐさん」こと八重洲恵(めぐみ)はなかなかの美人である。 タレントではなくて裏方なので格好からして地味なのだが、庶民化が進む昨今のテレビの雰囲気ならば何となく通用しそうな好感度の高いお姉さんだ。でもここは譲らない。 「まあいいか。前にも言ったけど無理強いはしないから」 「はい、有難うございます」 お祭り好きな聡(さとり)の性格ならばこの手の状況に素直に順応できそうな気がする。兄の自分が言うのも変だが、確かに可愛いことは可愛い。 |
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第574回(2005年04月26日(火)) それにしてもこいつも、「素人モデル」というよく分からん世界ながら、こっちの業界の隅っこに片足を突っ込むことになるのか・・・と思いをめぐらす歩(あゆみ)。 恐らくはそれほど大したことになんかならないだろう。多分。その手の人間はごまんといる訳だし、中には芸能界でのしあがってやろう!と野望をギラギラ剥き出しにしたようなのもいるのだろう。 それに比べれば聡(さとり)の気分なんぞはなくそみたいなもんである。元々ピクニック気分なのだから「明日から契約打ち切りね」と突然言われても「あ、はいはーい」程度で終わりそうだ。 よく可愛い女の子の芸能人が「弟がいます」とか「兄がいます」なんてバラエティ番組で発言し、見ている一般人は「あのアイドルが妹にいるなんて羨ましいなあ」などと口走ったりするもんだが、いざ自分がそうなりかねない立場に立つと何とも複雑な気分である。 身内ゆえのこっ恥ずかしさというか何と言うか・・・。 |
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第575回(2005年04月27日(水)) 「ま、あたしも次の打ち合わせがあるし、あなた方との話はこれで終わりね」 歩(あゆみ)はそうと分からないように心の中で「はぁ」とため息をついた。この悪乗り女性二人組みにまたいじられそうで居心地が悪かったのである。 うーん、兄妹仲はいいはずなのに結局女性が苦手になってしまっているのは一体・・・。 「でもって聡(さとり)ちゃんとは一応前向きに考えてもらってるということで」 「はい!」 「気持ちは分かるんだけどあんまり大々的に言いふらさないでね。契約まで行ったんならいいけど」 「あ、まだ駄目なんですね?」 ナチュラルに言いふらす積もりだったなこいつ・・・。 「で、最後に一つだけお願い聞いてもらえる?これで今日はお開きにするから」 「はいはい」 「この間の女の子って知り合いよね?」 危うくテーブルごとひっくり返すところだった。 |
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第576回(2005年04月28日(木)) 「その・・・あの娘(こ)とも連絡とって欲しいんだけど・・・」 なんか物凄く嫌な予感がする。 「めぐさん・・・本当はあゆみちゃん狙いでしょ?」 聡(さとり)がまっすぐ核心を突き刺す発言をする。 「あ、名前って「あゆみ」ちゃんなんだっけ?・・・実はそうなのよ」 この人の正直さは業界人としてどうなのか。 「それにしてもお兄さんと同じ名前なのね」 やっぱりそこに来たか・・・それもこれもこのアホの聡(さとり)が安易な名前を付けるからだ。「変化後」に別の名前があるというのも凄い話だ。ウルトラマンか俺は。 「ええ、従姉妹(いとこ)ですから」 ナチュラルに嘘が出てくる。女は怖い。 「ふーん、男女で同じ名前って面白いわね?どうよ男の子のあゆみちゃん?」 わざと嫌がらせをしているみたいだ・・・。まあ、事情を知らない以上仕方が無いのだが。 「はあ・・・」 そう答えるしかない。こちとら妹みたいに口から生まれた訳ではないのだ。 |
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第577回(2005年04月29日(金)) 「もうバレてるみたいだから言うけど・・・ぶっちゃけ噂が広がっちゃってね」 「・・・え?」 城嶋兄妹のリアクションがハモった。 「彼女って歌無茶苦茶上手いでしょ?」 歩(あゆみ)の背筋に冷たいものが這い登ってくる。 「この間撮影のあとの打ち上げでカラオケ行ったんだけど・・・とにかくビックリするくらい上手くって・・・こりゃ原石を見つけたというか」 何だか知らないところで偉いことになっている雰囲気だ。 「でも実際に遭った事があって連絡が付きそうな人間を知ってるのはあたしだけなのよね・・・」 「それでかー」 聡(さとり)が背もたれに身体を預けてのびをする。リラックスし過ぎだ。 「いくらあたしが可愛いからって、事務所の人がじきじきに呼び出してスカウトするなんて変だなーと思ってたのよ」 さらりと「いくらあたしが可愛いからって」とか言う神経が凄い。半分「ボケ」の積もりなのだろうが・・・。 |
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第578回(2005年04月30日(土)) 「単刀直入に言うけど、彼女につなぎを付けて欲しいのよ。悪いようにはしないから」 身を乗り出してくる恵(めぐみ)。 歩(あゆみ)でも分かる。目つきの真剣度がさっきまでとは段違いだ。 「で、どうすればいいの?」 「ば、馬鹿っ!」 ぽかりと妹の頭を叩く。いつもよりちょっと強めだ。 「なーによー」 怒るどころか面白そうに笑っている聡(さとり)。いつも「ツッコムならもっと強く」と若手芸人みたいなことを言っているのできっとこれ位がいいのだろう・・・ってそんな場合か! 目の前で少しビックリしている恵(めぐみ)。彼女に限らず目の前でこの美男美女兄妹の「どつき漫才」を目撃した人間は大抵ビックリする。 「いやあの・・・電話してくれるだけでもいいんだけど・・・」 「八重洲さん!」 珍しく強い態度・・・というか口調になる歩(あゆみ)。 「もう一度だけちょっと待ってください」 と、聡(さとり)を引っ張っていこうとする。 |
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第579回(2005年05月08日(日)) 恵(めぐみ)は少し考え込んでいた。 あの兄妹はなかなか面白そうな存在ではある。本人達が意識しているかどうか分からないが、ビジュアルはいっぱしの芸能人として充分通用すると思う。この頃はバラエティの賑やかしとしての美少女アイドルみたいなのも増えているし、多少の常識があれば何とかなる。 ・・・それにしてもさっきから何を打ち合わせしているのだろうか?ここだけの話、こちらだってそう暇ではないのだ。実りが無さそうならばそうそう付き合ってもおれない。 しかし、先日の彼女は抜群の歌唱力で、しかもスター性もあると言う風に見える。 ここで声を掛けておく活動は決して無駄ではあるまい。最悪、どうしようもなければこの二人をスカウトという妥協点も無くは無い スケジュール表を眺めていると、 「あ、すいませーん」 妹さんの方が戻ってきた。 彼女は中々乗り気である。女の私が見ていても抱きしめたくなるほど可愛い。 「あゆみちゃんなんですけど、電話で話すそうです」 |
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第580回(2005年05月09日(月)) 「あゆみちゃんってのはこの間の彼女ね?」 分かっているけど確認する。 「ええ、そうです」 笑顔で打てば響く様に答える。実に爽やか。 「電話で話せるんだ」 「はい。直接話した方がいいと思って」 「今話せるの?」 「ええ。どうぞ」 そういって妹さん・・・聡(さとり)ちゃんと言ったかな。変わった名前ね・・・は自分の携帯電話を差し出してくる。 丁重に受け取る恵(めぐみ)。 「・・・もしもし」 何故か分からないがドキドキしてしまった。 聞きたいことは色々ある。謎の人物が手の届きそうな電波の向こうにいると考えるだけで、あたかも誘拐犯との交渉みたいだ。そう、ここでの話し方によってはこれから先の運命がかなり変わってくる。 |