おかしなふたり 連載721〜740

第721回(2005年10月25日(火))
 頭を抱えている恵(めぐみ)。
「…つまり、お互いに出来る訳だ」
「正解!座布団一枚」
 大喜利かよ。
「…驚いた?」
 聡(さとり)が覗き込む様に聞く。
 見た目普通のサラリーマンなのにその可愛らしい仕草はどうか。
「…まあ、驚いたことは驚いたけど…何だかそろそろ慣れてきたわ」
 確かにそう言うしか仕方が無いだろう。


第722回(2005年10月26日(水))
「じゃあ、そういうことで帰っていいかな?」
 あくまでボケるつもりかこの妹は。
「あー、はいはい。分かった分かった」
「帰っていいのね?」
「その前に話を聞いてくれる?」
「はあ…」
 何の話だろう?
 歩(あゆみ)は訝(いぶか)しんだ。


第723回(2005年10月27日(木))
「今日あたしがあんたががに接触したのは何でだか覚えてる?」
「マジックショーを見たいから」
「ボケはもういいから」
 めぐさんが窘(たしな)める。
「…会いたかったんでしょ?」
「そ、歌の上手いあゆみちゃんにね」
「あ、そーだっけ」
「そーでしょーが」
「思い出した思い出した。で、会えたんだからごはんおごってよ」
 聡(さとり)は何とか相手を笑わそうとしているらしい。キャラクターはそのまんまなのに見た目がサラリーマンというのも何だか異様な感じである。


第724回(2005年10月28日(金))
「本人を前にこんなことを言うのも何だけど、あの歌の上手いあゆみちゃん…って目の前のこのお兄ちゃんなのよね?」
 と、OLに向かって話しかける恵(めぐみ)。
 不承不承頷くOL…こと歩(あゆみ)。
「この間の飲み会で見事に歌ってくれたじゃない?単刀直入に言うとあの場にいた人間の間でプチブームになっちゃってね。もう噂が一人歩きしてんのよ」
「…は?」
「一人歩きってどういうこと?」
 OLとサラリーマンが続けて畳み掛ける。
「…いいんだけど…もうそろそろ戻さない?気が変になりそう」


第725回(2005年10月29日(土))
「そうですよね…いいか?」
 少し見上げるようにして妹…今は弟?…に同意を求める兄…今は姉。
「しゃーない。とりあえず戻すか」
 数十秒後、お互い普段着でかつ性別も元に戻った兄妹がいた。
「しっかし本当に凄いよねえ…まるでマンガみたい」
 目の前で飴の様に変形し、ピンク色がブルーになってズボン型に変形して両足に巻きついてくのを始めとした一大パノラマを見せ付けられたのである。
 パニック状態にならないだけ立派なものだった。
「僕らもそう思います」
 やっと元に戻れた声で歩(あゆみ)が言う。
「やっぱ可愛いよ歩(あゆみ)ちゃん。元から素養があったのね」
 感心したように男の状態の歩(あゆみ)を褒めてくれる恵(めぐみ)。
 この手の賞賛を受けることは全く無いことは無かったが…高校生にもなると、正直言ってこそばゆい。
「いつこんなことに気が付いたの?」
 知ってしまった以上、そこに興味が向くのは当然のことだった。


第726回(2005年10月30日(日))
「めぐさん、とりあえずその話はまた今度にして」
「ああそうね…ってさっちゃんも可愛いなあやっぱ」
 「可愛い」が口癖なんだろうかめぐさんは。
「話を戻すね。でもってとにもかくにも“原石を見つけた”って話で、その正体を見極めないとどうにも引っ込みが付かないところまで来ちゃってたのよ」
「そうだったんですか…」
 男に戻ったことで気が大きくなったのか?少しだけ口が滑らかになる歩(あゆみ)。
「よかったねお兄ちゃん。褒められてるよ」
 わが事の様にニコニコの聡(さとり)。まあ、この妹は常に笑顔なのだが。


第727回(2005年10月31日(月))

「でもなあ…あの状態じゃあ…」
 歩(あゆみ)とて人の子だから褒められるのは嫌いじゃないけど、正直複雑だった。
 確かに歌は好きなんだけど、女になった状態で歌うのはあくまでも余技みたいなもので、「一度で良いからやってみたい」夢の実現をしてみていただけの話だ。そっちでそんなに褒められても、将棋に人生を掛けている少年が、暇だからやってみた囲碁で“天才だ!”と褒められているみたいな気分である。
「正直、ウチの会社としても大化けするかもしれないから狙ってたんだけど…これじゃあ諦めるしかないわ」
 ちょっと肩を落としている恵(めぐみ)。


第728回(2005年11月01日(火))
「何でよ?問題ないじゃん」
「…一体どうやって売り出す積もりなのよ。正体不明にするしか無いでしょ?だって歌姫の「あゆみちゃん」はこの世のどこにも存在しないんだから」
「だからあたし達の従姉妹(いとこ)なんだってば」 
 呆れた様に顔を見合わせる恵(めぐみ)と歩(あゆみ)。
「それでごまかしきれる訳無いじゃない。あなた方って両親はいるの?」
「二人とも健在です」
 これは歩(あゆみ)。
「だったらご両親も説得しないといけないし、そもそも歌姫「あゆみちゃん」の素性を追求されただけで総崩れじゃない」


第729回(2005年11月02日(水))
「うーん…お兄ちゃんがそのまんま演じればいいんじゃ?」
「いや、俺男だから」
「そこよそこ。ある意味そっちの方がヤバイわ。だって歌姫が実は男だった!って話はスキャンダルそのものだし、そうなったらその体質がバレるってことにも繋がるからやぶへびだよ」
「でもさあ、有名だけど正体不明の歌姫っていたよね?」
 それは確かにいた。
 余りにも正体が掴めない上にテレビの歌番組にも出演せず、ライブもコンサートも行わないのでのでPV(プロモーション・ビデオ)に出ている美人は実は別人で、本人は存在しない、などと噂された歌手は確かにいる。
「その方針でどうかな?」
「まあ、それなら全く無い訳じゃないけど…」
「でも有名になるかどうか分からないし…」
 歩(あゆみ)が消極的な発言をする。
「ま、確かにそうね」


第730回(2005年11月03日(木))
「めぐさ〜ん!」
 駄々をこねる様な声を出す聡(さとり)。
「でも、それとこれとは関係ないわ。あたしが知らなかったってんならともかく、実は男の子で無茶苦茶特殊な事情で一時的に女の子になっている、って話を知っちゃった以上無責任なことは出来ないもん」
「じゃあ…」
「あ〜はいはい。諦めるわ。諦める」
 小さくガッツポーズする歩(あゆみ)。
「…なんかそうやって喜ばれるとムカつくなあ」
 思わず本音が漏れる恵(めぐみ)。
「でもさあ、…さっちゃんは貰うよ」
「は?」


第731回(2005年11月04日(金))
 突然のラブコールだった。
「え?何なに?」
「さっちゃん面白いもん。バラエティか何かに出したら面白そう」
「…本気ですか?」
 思わず聞いてしまう歩(あゆみ)。
「ん?嫉妬してるかな?お兄ちゃん」
「いや、それは全く無いですけど」
「志低いなあ」
「あたしが何だって?」


第732回(2005年11月05日(土))
「さっちゃんは喋りが面白いから、タレントとしてそれだけでもやっていけるんじゃないかな?と思ったの。それ位はいいでしょ?」
「…それは…ウチの親にも話を通すんですよね?」
「勿論!それはちゃんと筋を通すから安心して」
 何だかこれはこれでトンでもない方向に話が転がり始めてしまった。
「で…とりあえずこの場は一段落したとして…最後にお願いがあるんだけど」
「今度は何です?」


第733回(2005年11月06日(日))
「そう嫌そうな声出さないでよ。もう面倒くさいこと言わないから」
「何?お金ならないよ」
 これをニコニコ顔で言う聡(さとり)。
「さっきあたしが喫茶店代おごったばかりでしょーが…そうじゃなくて…その能力よ」
 嫌な予感が的中した。
「さっきの会話聞かせてもらったけど、イメージどおりの姿に何でも変えられるのよね?」
「…まあ…」
「はい!そーでーす」
「もう少しだけその能力を見せて欲しいわ。滅多に見られるもんじゃないもの」


第734回(2005年11月07日(月))

「え?でも、これからあたしはタレントとしてマネージメントしてもらえるんでしょ?」
「さっちゃんにはしょっちゅう会えることになると思うけど、お兄ちゃん…あゆみくん…はこれっきりなんでしょ?」
 無言で頷く歩(あゆみ)。
「だったらその変身ぶりは目に焼き付けておきたいわ」
 …仕方が無いなあ。
「撮影とかは無しですよ」
「やっぱ駄目?」
 実は携帯電話に撮影することを狙っていた恵(めぐみ)は先手を打たれてしまった。


第735回(2005年11月08日(火))
「うん、いいよ」
「おい!安請け合いするなよ」
「でも、折角の誘いを断ったんだからこれ位はやらないとめぐさん可哀想だよ」
 いつの間にか俺が加害者になっているのか、と歩(あゆみ)は思った。
「なるべく派手なのがいいわね…って本当にどんなのでも出来るの?」
「かなり色々試してます」
「色々?」
「とりあえず都内の女子高生の制服は網羅したかな」
「ええーっ!?」
 今更ながら驚く恵(めぐみ)。
「…やっぱこれ凄いわ。どうよお兄ちゃん」
「…言わせる気ですか?」
「だよね…」
 恵(めぐみ)のその言葉には同情の色が滲んでいた。
「あと他にメイドさん、セーラー服、体操服にブルマ、チャイナドレス、ゴスロリ、テニスウェア…ウェディングドレスもあったっけ」
 ぽかーんとしている恵(めぐみ)。


第736回(2005年11月09日(水))
「…あのさあ…どうせ本当に能力があるなんて誰も信じないから、この際この能力を見世物にしたら?かなり稼げると思うけど」
「それじゃあ結局僕が女装してるってことになるでしょうが」
「あ、そうか…」
「女装の早変わり売りにしてどうすんですか。それこそ変態ですよ」
 いつの間にか堂々巡りになっている。
「でも、本当に女装してるのよね?」
「女の人になってても“女装”って言うのかな?」
「“女装”には違いないでしょ。あたしやさっちゃんも今現在“女装してる”って言えば言える訳だし」
「…そっか」
「ごめん、基本的なことまた聞いちゃうけど、服も…下着も…全部女物になってるのよね?」
「…」
 沈黙が答えの代わりだった。


第737回(2005年11月10日(木))
「ま、でも折角だし。見たいわ」
 がくっ!とずっこけそうになった。
「じゃー何がいい?」
 聡(さとり)はこの能力を得て初めて二人以上で相談しながら着せ替え人形で遊ぶことが出来る立場になったのだ。何だかとても嬉しそうである。
「一人一つずつな!今日はそれまで!」
 歩(あゆみ)が釘を刺す。
「えー、つまんなーい」
「ま、そんなもんでしょ。あたしにもチャンスをくれてありがと」
「ふーん、…まいっか」
 割と諦めのいい聡(さとり)。まあ、こいつには事実上回数制限は無い訳だが。


第738回(2005年11月11日(金))
「質問ばっかでごめんだけど、これって本人が嫌がっててもできちゃうの?」
「はい」
「うーん、そりゃーたまんないわね」
 歩(あゆみ)にとって、やっと立場が分かってくれる人が現れたのだった。
 …まあ“分かっている”というだけで斟酌(しんしゃく)はしてくれ無いのだが…。
「で、めぐさんどんなのが希望かしら?」
 話の流れを一切うっちゃってさっさと案件を前に進める聡(さとり)。社会にはこういう人間も必要なのである。
「そうねえ…改まって言われると…あ、そうだ」
 何か思いついた様子の恵(めぐみ)。
「服の生地の量って関係ないんでしょ?」
「生地の量?」


第739回(2005年11月12日(土))
「高校の制服くらいだったら男女そんなに変わりは無いじゃない?でもさっちゃんがさっき言ってたみたいなドレスとかと男の子…に限らないけど…の普段着じゃあかなり違うじゃない。生地の量が。そんな変身も出来るのか知りたいな」
「ハイ了解!」
 その瞬間だった。
「うわっ!」
 ぶわさっ!と歩(あゆみ)の髪が頭から吹き出した。
「きゃっ!」
 恵(めぐみ)が悲鳴を上げる。


第740回(2005年11月13日(日))
「…っびっくりしたあ」
 目の前にはお化けみたいになった歩(あゆみ)がいる。
 その髪の長さ以外はごく普通の男子高生のままである。
「ごめんごめん。ちゃんと整えるから」
 言ってる間に綺麗に整っていく緑なす美しい黒髪。
 すると、お出かけ前の女子高生が悪戦苦闘して綺麗に整えても中々こう見事には行かないほど綺麗な髪形にまとまる。
 歩(あゆみ)がこの可愛らしさに耐えられるのはこの部屋に鏡が無いからに過ぎない。
「…か、可愛い…」
 ぷるぷると震えている恵(めぐみ)。まだ髪型変えただけなのだが。
「…さっちゃん。さっきって一気にOLにしちゃったよね?」
「はい」
「部分的に変えることも出来るの?」
「あい。出来るよ」