おかしなふたり 連載721〜740

第741回(2005年11月14日(月))
「いいから続けろよ」
 歩(あゆみ)が促す。また妙なことをやられてはたまらんので先回りして先手を打っておく必要がある。
「はい。サクサク行きます。まず身体つき全体を女の子にして…」
「…っ!…ふ…」
 見る間にむくむくと身体が縮んでいく歩(あゆみ)。本当にアニメを見ている様だった。恵(めぐみ)の目にはその“衝撃的映像”はスローモーションの様になって認識されている。
「…!」
 と、やっとその変化が落ち着く。
「まずはこんな感じです」
 歩(あゆみ)は、見た感じ高校生の男の子だったのがちょっと背伸びをした小学生の細身で長身の女の子みたいになってしまった。
 ぶるぶるぶるっ!と身体を振るわせる恵(めぐみ)。
「あ〜っ!ゾクゾク来たぁっ!」


第742回(2005年11月15日(火))
 興奮して声を上げる恵(めぐみ)。
「こ、この時点じゃあまだ声は男の子なのね?」
「いやその…」
「…ってか…可愛いっ!お兄ちゃん可愛いっ!」
 甲高い声を上げて女子高生みたいに興奮している恵(めぐみ)。
「あー、こりゃ分かるわ。さっちゃんの気持ち分かる!もう胸の奥がチュクチュクするもん。こんなに可愛い生き物ほっとけないわ」
「生き物って…」
 褒められてるんだろうから喜ぶべきなんだろうが、そこは一端の男であるから複雑なのだった。
「でしょー!?そうなのよ!だからお兄ちゃん胸張っていいのよ!うん」
 絶対にポイントがずれていると思うが突っ込んでも仕方が無い。
「…まあ、いいけど…」


第743回(2005年11月16日(水))

「はい、まだまだ続きまーす」
 だぶだぶになった服をまとった“素体”の歩(あゆみ)に向かってひょい、と手を振る聡(さとり)。そんなこそしなくても念じるだけで大丈夫なんだけど、雰囲気だろう。
「まずはおっぱいを…」
 むくむくっ!と胸の部分が盛り上がる。
「…っ!」
 また、飛び出しそうに目を見開いている恵(めぐみ)。
「はい!おっぱい大きくなった!」
 ぽかーんとしている恵(めぐみ)。他人の力を借りなくてはならないとは言え、念じるだけで見る見るバストを獲得できるという衝撃的な見世物に完全に心奪われていたのだった。
「でもって次はウェストを引き絞って…」
 きゅきゅきゅっ!と細くなっていくお腹部分。
 その細さは確かに“女の子”でないとなし得ないものだった。
「…あ…」


第744回(2005年11月17日(木))
「…すごい…」
 声がかすれている恵(めぐみ)。彼女の背中には興奮の余り背筋に冷たいものが這い登って来ている。
「とりあえず、全体的な形だけ整えちゃうね。お兄ちゃん、折角だからあっち向いて」
 手をくるりと回す仕草をする聡(さとり)。
「そこまでやるんなら何か奢(おご)れよ」
 むっとして言う歩(あゆみ)。
「あ、いいよ。もう一回位ならおごるおごる」
 凝視しながら言う恵(めぐみ)。まばたきするのも勿体無い!という気合が伝わってくる。


第745回(2005年11月18日(金))

 仕方なく二人にくるりと背を向ける歩(あゆみ)。
 綺麗な黒髪がふぁさあっ!と揺れる。
「…素敵…」
 うっとりしながら恵(めぐみ)が言う。
「めぐさんもロングヘアにすればいいのに」
「あこがれたけどねー。あんまり面倒臭いんで諦めたの」
「…面倒くさい?」
 首だけ軽く回して聞く歩(あゆみ)。
「分かんない?」
「聡(さとり)分かる?」


第746回(2005年11月19日(土))
「うーん、まーお手入れとか大変だしね」
「そーそー!髪なんて乾かないんだよこれが。濡れてるとクソ重いし」
 なりゆきで女同士の愚痴に付き合わされることになる歩(あゆみ)。
「そこ行くとあゆみちゃんはいいよな〜、いつでも髪長くも短くも出来るし…」
「いや、好きでやってる訳じゃ…」
「こらっ!そんなことを言うお兄ちゃんはこーだっ!」
 むくむくっ!と膨らむヒップ。
「…ああっ!」


第747回(2005年11月20日(日))
「きゃー!きゃー!」
 既に二十台半ばのキリっとしたキャリアウーマンの姿はそこにはなく、一回のミーハー女子高生みたいになってしまっていた。
 嬌声が上がっているのを背景に、脚が内股に曲がっていき、緩やかなズボンの下に美しい脚線美が形成されていく。
「あ…」
 その下半身を形成するシルエットは完全に女性のものだった。
「はい!出来上がり!こっち向いていいよお兄ちゃん!」
「…」
 またも髪を美しくなびかせながら振り向く歩(あゆみ)。その可憐さは周囲の空気も染めてしまう様だった。
 格好こそ男の子の服という野暮ったさだったが、逆にそれが「服の中身」の小動物の様な可愛らしさを引き立てている。
「か、可愛い…やっぱ可愛い」
 そういえば、聡(さとり)が最初の頃もこんな感じだったな…と思う歩(あゆみ)。いや、今も同じか。
「お兄ちゃん、声出してみてよ」
「…声ってどんな…」
 その瞬間びくびくびくっ!と水揚げされた魚みたいに身体を振るわせる恵(めぐみ)。


第748回(2005年11月21日(月))
「あーキタァ!」
 恵(めぐみ)が身をくねらせて法悦に浸っている。
 もうキャラが崩れまくってるなこの人…。
「でもって仕上げの…ほりゃっ!」
 また妙なアクションをする聡(さとり)。
 その時…。
「…うっ…あっ!」
 しゅしゅしゅ!と下腹部が寂しくなり、そこから感触が消失する。
 髪がぶわりと乱れる。
「はい!女の子の完成で〜す!」
 しばし沈黙。
「…あ…ゆみくん…今のってまさか…」
「…」
 多分恥ずかしさで頬が赤く染まっていたと思う。
 恵(めぐみ)さんが聞いているのは「大事なところ」がどうなったか?である。
 日常的に男から女、女から男への変身を繰り返している人間に一番聞きたいことといえば正にそれしかない。


第749回(2005年11月22日(火))
「じゃあ、リクエストに応えますね」
「…今度は何だよ」
 一応確認する。
「まーそれはなってみてのお楽しみ」
「その…あんまり恥ずかしい格好は…」
 実は個人的に露出度が高い服はまだ苦手だった。
 最近流行の女子高生の制服の短すぎるスカートとか、もう下半身がすっぽんぽんみたいで恥ずかしくて適わないのである。
 部屋の中で聡(さとり)に見せている分には慣れたけども、あの格好で外を歩くなんてまだまだ考えられない。
 あの短いスカートで“常に誰かに見られている”みたいな意識できょろきょろしてしまう女子高生の気持ちが痛いほど分かる。見ようと思えば見られるのだから当たり前だ。ましてや『制服』である。個人の意思で逃れられる性質のものではないのだ。

 その他にも、胴体の脇まで寒く感じられる様なスリットの入ったチャイナドレスなんてぞっとするし、隠している面積で言えばパンツ一丁と全く変わらないブルマなんて論外だ。
 ということは逆に言えば膝下スカートの制服程度では“恥ずかしい”ものではなくなっているということでもある。
「大丈夫だって!寧(むし)ろ露出度低いから」
「え?」
 その瞬間だった。


第750回(2005年11月23日(水))
 何の変哲も無い白いシャツがぐんぐん真っ青に染まっていく。
「わー…凄い…」
 さっきのピンクのOLへの変身は一気に変わってしまったのでこういう“変身過程”をじっくり観ることが出来なかったのだが、今度は違う。
「夏なんでちょっと暑いかも知れないけど勘弁ね」
 とか何とか言っている内に、真っ青に染まった服の胸元がぐんぐん開いてくる。
「露出度低いんじゃなかったのか?」
 何とか低く抑えた声で言う歩(あゆみ)。
「ここだけね。ここだけ」
 半そでが凄い勢いで伸びて行き、肘までの長さに達したと思ったら、あっという間に「長袖」の長さになり、そして指先までをも包み込む。
「…ひょっとして…」
「あれ?もう分かっちゃった?流石はお兄ちゃん」
 兄妹間だけで何やらキャッチボールが成立している。


第751回(2005年11月24日(木))
「何になるの?」
 興味津々で割り込む恵(めぐみ)。
「さー、何でしょう?」
 この場のエンターテイナーは間違いなく聡(さとり)である。得意満面だ。
「多分…」
「あー!言わないで!」
 言葉で制止した瞬間、腕全体を覆っていた袖が“きゅっ!”と引き締まる。
「…っ!」
 何とか声を出さない様に踏ん張る。
 鮮やかな青色に表面につるつるすべすべの艶(つや)やかな光沢。
 細く引き締まった美しい手首のシルエットが浮かび上がり、流石の歩(あゆみ)もその心の奥底に何やら倒錯的な感情が湧き上がる。
 それは腕全体を覆いつくす手袋だった。


第752回(2005年11月25日(金))
 手首をくいくいと前後に動かしてみる歩(あゆみ)。
 その都度、細く引き締まった美しい手首のシルエットの間接部分に官能的に光を反射する皺(しわ)が寄る。
「…」
 これは覚えがある。
 間違いなくあの電車内での顛末を思い出させる変化だった。
 あの時は真っ白…純白だったが、今回はブルーであるというのが最大の違いである。
 恵(めぐみ)がごくりとつばを飲む。
 歩(あゆみ)が自分を手首を曲げたり伸ばしたりして遊んでいる内に、変化は続々と続いていた。
 肩の部分がぶわあ、と膨れ上がり二の腕周辺を輪っかの様に締め付ける。そしてその表面にもまた独特の皺(しわ)が寄る。
 今の歩(あゆみ)は腕だけ見れば舞踏会に出席しているお嬢様の様だった。


第753回(2005年11月26日(土))
「いいよねー、あゆみちゃんは手が綺麗で…」
 何だか愚痴っぽく言う恵(めぐみ)。
「手が綺麗?どういうことです?」
「…お兄ちゃん…あゆみちゃんってさっちゃんに変えられる以外に女の子になった事無いでしょ」
「一応記憶にはありません」
 あってたまるか。
「女の子がみんなそんな綺麗な形の指してると思ったら大間違いだよ。短くてふっといのだって幾らでもいるんだから。そもそも放っとけば脛(すね)毛だってボーボーよ」
「そうなんですか?」
 女性の口から「毛がボーボー」とか聞くのは何とも複雑である。


第754回(2005年11月27日(日))

 と、胴部分のゆるかった衣装がぴたりと張り付く。
 もう、男性もののシャツの形状は跡形も無い。
 いつの間にか首周りは大きく開き、表面にはつるつるの光沢が乗っている。
 細い身体に大振りの乳房がくっきりと浮かび上がり、その体型をぴっちりとカバーした衣装が包み込む。
 恐らく今この瞬間に脱いだならば、平らに畳むことが出来ないほど立体的な衣装となっていることだろう。
「めぐさん、下のほう見ててね」
 丁寧なことにナビゲートまでしてくれる。
「ん?」
 身を乗り出して歩(あゆみ)の足元を覗き込んだその瞬間。
「わああっ!」
 ごく普通のスニーカーが一瞬にして青く染まり、つま先がとがったかと思うとその小さな足に合わせるように左右からその幅を一気に狭めてくる。
「…っ!!」
 歩(あゆみ)の足の裏…踵(かかと)の真下の地面から何かが突き上げる様に押し上げてくる。歩(あゆみ)が一瞬バランスを崩しかける。
 恵(めぐみ)が驚いている隙に、スニーカーは青色の光沢を放つハイヒールとなっていた。


第755回(2005年11月28日(月))

 この世にこんなファッションは無い。
 如何(いか)にも今風の男の子が履いていそうなジーンズに、フォーマルなブルーのハイヒール。
 その足の形がまたいい。
 恵(めぐみ)は女なのだが何やらぞくっとするような色気がある。
「じゃー下半身行くねー」
「あー、はいはい」
 まるで“ちょっと背中を掻(か)くね”と言っている兄妹みたいに聞こえる。
 だが、その少年…今は少女…は、さも当たり前の様にハイヒールの踵(かかと)をコツコツ、と軽く鳴らして姿勢を整える。
 その“慣れた”立ち居振る舞いは何故か恵(めぐみ)に軽い嫉妬心を芽生えさせるほどクールだった。いや、セクシーだった。
 ジーンズの表面がつるつるになっていく。
 それが上半身のものと同じ素材であることはすぐに分かる。
 ことここに至って目の前で何が進行しているのか、その変化の終着点がどこにあるのかはっきりと恵(めぐみ)は悟っていた。


第756回(2005年11月29日(火))
 実はこの時、ズボンの「内側の素材」もまた変化していた。ズボンそのものが変化しているのだからある意味当たり前なのだが。
 足元から膝、膝から股部分までがアイスクリームが溶けるみたいに一体化していく。
 その瞬間!
 急激にズボンのそれぞれの脚を包んでいた二本のトンネルが一体化した。同時に“ぶわあ”と広がり、縁のひらひらの刺繍が床を掃き、半径一メートルはまん丸に広がる。
「きゃあっ!」
 余りにも急激に生地の量が増えたのでまた驚いてしまう恵(めぐみ)。
「はい、ここが見たかったんでしょ?どお?」
 他人の身体…ではなくて、服を使って遊んでいるわが妹。


第757回(2005年11月30日(水))
 何というか、上手く言えないのだが全体の形が女性独特の「形」になる。
 トイレの記号みたいに「三角形で下の方が広がっている形」を思い切り大袈裟にしたみたいなものである。何しろこの狭い部屋を圧倒しそうなドレスの生地なのだ。
 表面がシュークリームの皮みたいに何層にも連なる。層の縁(ふち)には白いレースの刺繍が出現し、それがまるで西洋人形の様な可愛らしさをも同時に演出している。
 部分的に青色がより濃くなり、メリハリが付いてくる。
 床に着いた部分が綺麗な刺繍になる。
 それはもう、正に「ドレスのスカート」としか形容の仕様の無い物体だった。
「凄い…」
「うーん、あたしも目の前で見るのは初めてだわ」
 妙な事で関心している聡(さとり)。
「俺もだ」
 ちなみに声は女の子である。


第758回(2005年12月01日(木))
 ここからはもう“仕上げ”だった。
 まるで生き物の様にうねる腰まであった長い髪がアップにまとまっていく。
 歩(あゆみ)の主観では、急に頭の“重さ”の重心が移動し、そして首元が寒くなった。
 本人からは見えないうなじが美しい。
「うーん、こうしてみると何だか舞踏会みたいね」
「お前がやってんだろが」
 聡(さとり)は女の子のままなので、美人姉妹の掛け合いという風情である。
 しかも一方は映画みたいな本格的なドレス姿である。
 恵(めぐみ)は正に眼福だった。


第759回(2005年12月02日(金))
 イヤリングとネックレスが出現する。
「…っと」
 流石に慣れない感覚に少し戸惑う歩(あゆみ)。
「アクセサリーってあんまりしたことなかったっけ?」
「制服多いからな」
 ここで言う『制服』とは女子高生の制服、という意味である。
 この能力を持ってすればあらゆる服装が可能なのだが、聡(さとり)は「先の楽しみに」と基本的に出し惜しみするので「大人の女性」の衣装は多くは無かった。だからごてごて飾り立てるものはまだ多くないのだった。
 それにしても“ドレス”というのは凄い吸引力である。本人はあっけらかんとしているが、周囲の空気は確実に影響を受けている。
 大人っぽい雰囲気のドレスに少年の様な口調で話す美少女は確実に倒錯的だった。
「じゃ、仕上げね」
「手短にな」


第760回(2005年12月12日(月))
 そこはまるで舞踏会の様だった。
 ぬるっという感触が顔中を撫でていく。
 それで完成だった。
「はい!出来ました!」
 聡(さとり)の部屋で各種制服姿にされた時に“お約束”でやることになっているポーズをそこですることになった。

 その場でくるりと一回転することである。

 ざざあ!とスカートが音を立てて波打つ。


イラスト:おおゆきさん

 一回転しても、余りにも凄い量のスカートなので、地面を引きずって完全にスカートも一緒に回ってくれず、後から手袋の手でぐいぐいと引っ張って調整する羽目になる。
 成り行き上“女装には慣れている”という、健全な男子高生としては甚(はなは)だ不名誉な立場を押し付けられている歩(あゆみ)も、ここまで見事なドレスは二回目とあって、見下ろす自らの身体…お姫様みたいなドレス…に複雑な心情を喚起せずにはおれなかった。