おかしなふたり 連載761〜780 |
第761回(2005年12月13日(火))
「…と、いうことでいいですか?」
声そのものは変わっているが、口調としてはさっきの少年である貴婦人…いや、お姫様か…が話しかけてくる。
「え、あ…ちょっと触らせてくれる?」
「はあ…」
突如何の変哲も無い会議室に出現したお姫様。
これまでドレス姿のモデルも間近で見たことも沢山あったが、こんな出現の仕方をしたドレスになんて会った事は無い。
ふかふかの掛け布団みたいな大量の生地のドレスを掴んでみる。
つるつるの生地に、その下のがさがさ言う音は膨らまし素材のチュールが内側に擦(こす)れる音だ。間違いない。
「中は…見ちゃ駄目だよね」
「…あなたも見せてくれるならいいですよ」
精一杯の冗談だったみたいだ。
「そうよね」
別にやらしい意味じゃなくて、単に確認したかっただけだが、ここは“女同士”だ。遠慮しとこう、と恵(めぐみ)は思った。
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第762回(2005年12月14日(水))
「どう?めぐさん?本当だったでしょ?」
「うん…メイクも綺麗…」
流石に女性は見るところが違うなあ…などと妙な関心をする歩(あゆみ)。
「これで気が済みました?」
「あ、お兄ちゃん勘違いしてるよ」
嫌なツッコミを入れる聡(さとり)。
「…何を?」
「ドレスはあたしの権利を使っただけ。めぐさんのリクエストがまだだから」
「そうなのか?」
「うん。あたしはいつでも出来るから、どっちかというとあたしとめぐさんの妥協衣装よ。じゃー次はめぐさんの番ね」
「いいけど…こんどは変身過程をじっくりやらんでいいから、スパッとやってくれスパッと」
「あい分かった。めぐさんもそれでいいですか?」
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第763回(2005年12月15日(木))
「あ、うんうん。いいわよそれで」
はしゃいだり騒いだり色々していたが、余りにも本格的に変わってしまうので今この瞬間はショックの方が上回っているらしかった。
「この衣装って元に戻ったらどうなるの?これで量産出来るんじゃ…」
やっぱり考えることは誰も同じらしい。
「無理です。身体と一緒に戻っちゃいます」
「そうか〜…じゃあ、あたしが憧れてる衣装をおすそ分けとかは無理なんだ」
「女の人もコスプレ願望ってあるんですか?」
「あに言ってんのよ!!男どもにどんな制服願望があるんだか知らないけどあたしらの方が圧倒的にあるわよ!」
びっくりするほどの勢いでまくし立てる恵(めぐみ)。
怯(ひる)むパーティ仕様の歩(あゆみ)。
「…あげませんよ」
自らの胸のあたりを覆い隠すようにして身体をひねる歩(あゆみ)。
うーん、こんな仕草が出来る様になるとは思っていなかった。
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第764回(2005年12月16日(金))
「まあいいわ。大人だし」
意味が良く分からないが、歩(あゆみ)のを強奪して自分で着るのは諦めてくれるみたいだった。
「ひょっとして私服の学校だったからセーラー服とか…」
よく聞く話なんでそういう風に振ってみた。
「残念!あたしは中学でセーラー服で、高校は私立だったからブレザーだったのよ。これでコンプリートね」
何だか分からんけど、本人は満足しているらしい。
「そうねえ、…何でもいいのよね?」
「あたしに知識があれば出来ると思います」
「便利な能力ねえ」
全くだ。
「じゃあ、スチュワーデスの制服」
時が止まった。
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第765回(2005年12月17日(土))
「…え?」
「さあっすがあ!めぐさん。センスがいいわ」
「でしょー?あたし憧れてたのよ」
「あ、あの…俺、スチュワーデスになるの?」
あれだけ色々着せられておきながら今頃…と客観的にはツッコミが入るかも知れないが、歩(あゆみ)の中では色々順列があるみたいだった。
「てゆーか今はフライトアテンダントね」
何故かウィンクする聡(さとり)。
「キャビン(客室)アテンダントって言い方もあるわよ」
何故まめ知識の披露合戦になっているのか。
「いいじゃーん、男の子もスチュワーデス好きでしょ?」
だから意味が違うし。
そもそもそれはきらびやかなドレスに身を包んだ美少女に言うには似合わないはやし言葉だった。
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第766回(2005年12月18日(日))
今日は歩(あゆみ)も自分の姿を確認出来ていないので、意識が完全に男の子のままである。鏡を見るのと見ないのでは大違いなのだ。
こんな状況にでもならなければ知らなかった知識だ。
…出来れば一生知らない方が良かったんだが…。
「いやまあその…」
そりゃ「綺麗なお姉さん」を見るのは嫌いじゃないけど…。
歩(あゆみ)は小学生の頃に父方の祖父の何回忌だかの法事に飛行機を使って田舎に行った事がある。もうどこの田舎かすら忘れている。子供なんてそんなもんだが。
その時に「ジュニアパイロット」としてコクピットを案内してくれたスチュワーデスのお姉さんの凛々しい美しさにすっかり憧れてしまい、それ以来スチュワーデスだけはちょっと特別なのである。
それに自分がなってしまうなんて…。
まあ、制服を着るだけだから、厳密には違うのだけど…それまでは同年代の女子高生の制服とかばっかりだったから学園祭みたいな気分でいられたし、確かにウェディングドレスとかも着せられたけど、余りにもばたばたしていて細かいことは覚えていない。
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第767回(2005年12月19日(月))
「はい、じゃー一気に行くよ」
そんな思惑をよそにさっさと進行する聡(さとり)。
床まで覆い隠していた大量のスカートは吸い取られる様に吸収されていき、腰部分のたった一枚の薄い膝までのタイトスカートになっていく。
“一気に行く”という言葉通り、ドレスの時にはスカートの下でどうなっていたのか分からない脚は、膝から下の脚線美を浮かび上がらせながら黒く引き締まったタイツ姿で出現する。
装飾の塊(かたまり)みたいだった上半身は、すぐに機能美に溢れたスーツ姿に変貌して行った。
胸元には紫色のスカーフが巻かれ、全身が知的な紺色に染まっていく。
手首から先が手袋から開放され、そしてご丁寧に「城嶋」のネームプレートまでが出現する。
「はい出来た!」
「あ…」
す、スチュワーデスのお姉さんになっちゃった…というかされちゃった…。
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第768回(2005年12月20日(火))
「きゃー!素敵ー!」
相変わらずミーハーぶりを発揮する恵(めぐみ)。
「あたしもこんな間近で観るの初めてー!」
調子を合わせる聡(さとり)。
「嘘付け!飛行機に乗ったことあるだろうが!」
客観的に観ると「言葉遣いの乱暴なスチュワーデス」である。
中身の年齢が十七歳なので、大人っぽい女の魅力を引き立てるシックな制服が若干アンバランスである。
「…」
見下ろしてみるとそこには「距離ゼロ」になっている「スチュワーデスのお姉さん」がいた。つまり自分である。きっとメイクもバッチリ決まっているだろう。
…み、観たい。これだけはちょっと自分で観たい…。
珍しくそんなことを思う歩(あゆみ)であった。
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第769回(2005年12月21日(水))
うう、この能力が発現し始めた頃から思ってたことだけど、自分で制御出来ないってのがなあ…。何かになりたかったら一旦あの、好奇心の塊みたいな聡(さとり)という妹にリクエストを通さなくてはならない。
カラオケの練習でお願いしたことはあったけど、特定の衣装をリクエストしたことなんかある訳が無い。そんなことをしたらまるで女装(?)願望があるみたいではないか。
でも、今のスチュワーデスの格好だけはせめて鏡で確認したい…写真に残したい…べ、別に“スチュワーデスになっちゃった自分”に酔ってるとかじゃないぞ!
そうじゃなくて、純粋に憧れとしてというか何と言うか…。
ともあれ、こちらから積極的にリクエストを出すわけには…男としての…今は身体は女だけど…沽券に関わるから絶対に無理だ。
そうなるとこれが千載一遇のチャンス!この機会を逃せば二度とスチュワーデスになんかなれないぞ!
「…写真撮っていいかしら?」
めぐさんが携帯電話を構えている。
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第770回(2005年12月22日(木))
「…ん、ま…いいかな」
「あれ?珍しいねお兄ちゃん」
スチュワーデス姿で漆黒の脚線美をタイトスカートから伸ばしている美少女に「お兄ちゃん」と呼びかけるこの構図は何度見ても倒錯的である。
「いや、折角のリクエストだし」
実に苦しいいい訳だ。
だが、同時に頭の中で冷や汗を掻いていた。よく考えればこんな写真を撮られれば下手すれば「証拠写真」である。身体つきはもう「女装」レベルではないものの、明らかに顔には面影がある。
「じゃあさあ、聡(さとり)の写真ってことにしてくれません?」
咄嗟にそう言っていた。
「あ、いいアイデア!」聡(さとり)が即答する。
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第771回(2005年12月23日(金))
「なるほど…あんたがたはいつもそうやってたんだ」
恵(めぐみ)が感心する。
“いつも”と言ったってこの能力が発現して三週間程度しか経っていない。
それでも確かにお互いの役割を入れ替えて教室にまで行ったことがあるのは事実だ。
性格がほぼ正反対なのにバレ無かったのはそれだけそっくりだということだろう。
「でもさあ、お兄さんの方がバストは豊かよね」
「…人聞きの悪いこと言わんで下さい」
非常に誤解を招く表現である。
「そりゃ大き目にしたもん」
聡(さとり)が胸を張る。この妹でしかありえない自慢である。
「ま、でも本物のスッチーも結構底上げしてるしね」
「ええっ!?」
城嶋兄妹…今は姉妹…の声がハモった。
「そうなんですか?」
当のスチュワーデスが続けた。
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第772回(2005年12月24日(土))
「てゆーか人前に出る女の人って結構そういうもんよ。モデルさんとか」
「うっそー!インチキじゃん!」
「聡(さとり)ちゃん、グラビアアイドルとかとごっちゃになってるみたいだけど、洋服のモデルとかのことよ。見せ付ける人はちゃんと大きいからさ」
「でもなあ…何か夢が崩れちゃった」
それは歩(あゆみ)も同意見だった。
「ま、ともかく一枚貰うわ。歩(あゆみ)ちゃんスマイルスマイル!」
仕方なくぎこちない笑顔を作る歩(あゆみ)。
まさか女にされ、こんな制服を着せられた上に営業スマイルまで真似させられる羽目になるとは高校一年生の時には思ってもいなかった。同級生の男子は勿論、同級生の女子だってスチュワーデスの制服を着た経験のある者など一人もいないに違いない。
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イラスト:おおゆきさん |
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第773回(2005年12月25日(日))
あれこれ注文を付けられながらも何枚か撮り終えた。
「…それにしても便利な身体よねえ。まさか服までこんな調子でコロコロ変えられるなんて」
「はあ…」
「あんたがた二人でモデル事務所とか始めない?衣装代がゼロよ」
「はあ…」
そんな無茶な…と、歩(あゆみ)は思った。
「なるほど、そういう手があるのね」
聡(さとり)が乗り始める。
「おい」
「言ってみただけよ」
「でもさあ、あんたがた二人いれば男の服も女の服もよりどりみどりじゃん…立場は逆だけどそこは我慢すればさあ」
いや、“我慢”の一言で片付けられても…。
「そうなったらめぐさんマネージャーとして働いてもらえます?」
妹がトンでもないことを言い出す。
「考えとくわ」
ウィンクする恵(めぐみ)。
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第774回(2005年12月26日(月))
「じゃあ、これでいいですね?もう分かったでしょ?」
声も変わっているのに「少年」の口調で言うスチュワーデス。
露出度が比較的低い衣装であるためか、なるほどこれならば少年が女装しているように見えないことも無い。生粋の女である恵(めぐみ)すら少し複雑な気分になってしまった。
というか、タイトスカートから伸びる黒光の脚線美という“制服そのもの”の魅力…というか“威力”があったのかも知れない。
「じゃ、最後に触らせて」
「…」
呆れる歩(あゆみ)。
「触る…って」
ここまで堂々と言われると返す言葉も無い。
「スチュワーデスさんを触れるなんて滅多に無いわ」
そりゃ無いだろう。
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第775回(2005年12月27日(火))
「じゃあ、恵(めぐみ)さんも触らせてください」
強気の言い返しをしてみる歩(あゆみ)。
「勿論いいわよ!」
歩(あゆみ)はずっこけそうになった。
「ガンガンに触っちゃってよ!」
と言って胸を突き出す。
…間違いない。この人の性格は聡(さとり)タイプだ…。
「あの…そんなに安売りしない方が…」
歩(あゆみ)が自分で振っておいて思わずフォローしてしまう。
「男の子になら高く売るけど、歩(あゆみ)ちゃんになら別よ」
…あんまり嬉しくない。
「…じゃあどうぞ。でも、ほどほどにして下さい」
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第776回(2005年12月28日(水))
「決まってるじゃない!未成年にそんな変なことしないわよ!」
未成年じゃなかったら色々やっていたのだろうか…。
そんなツッコミをよそに、恵(めぐみ)は顔をこすり付けんばかりに近寄ってくると、全身を嘗め回す様に下から上まで眺め回した。
「凄い…本物だ…あたしも着たこと無いのに…」
お尻に触られた感触がある。
ぞぞっ!とした。女性の丸っこいお尻というのは目の前にあるとこうやって触りたくなるものなのだろうか?聡(さとり)にはしょっちゅうやられている。
この兄妹の関係に持ってきて、妹の性格の開けっぴろげなところを考えれば触り返しても大丈夫な気がするのだが、それが出来ないのが歩(あゆみ)の性格なのである。
*2005年の連載はここまでです。皆さん有難うございました。
2006年の連載は1月4日から再開します。
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第777回(2006年01月04日(水))
「…じゃあ…手短にしてくださいよ」
グダグダ言っても無駄っぽいので、ここは妥協することにした。幾らなんでもここまでわがままを通せばこのお姉さんも満足するだろうと思ったのだ。
そりゃわが妹にはそんなんじゃ通じないけど、いっぱしの社会人であるめぐさんなら大丈夫だろう。
歩(あゆみ)は何故か少し後ずさった。
スカートの中で漆黒のストッキングに包まれた脚線美同士がこすれあって、ざらざらとした感触が肌に伝わる。
体温で適度に温(ぬく)められたスカートの内側のつるつるの生地にざらざらのストッキングが引っかかる。
…ストッキングってこの間のOLの衣装以来かなあ…。さっきのも含めてドレスもそうだけど、シンプルなだけにその辺りの差異が際立つ。
何しろ暖かい(?)。
皮膚が裸の感じが全くしないのである意味当たり前だ。
その意味ではスカートでよく使われる表現の“足元がすーすーする”感じでは全く無い。
それ自体は、まあいいとしてもそれならば何故わざわざスカートの形状である必要があるのだろう?…とか思ってしまう歩(あゆみ)であった。
強制(?)されている身としてはいちいち必然性について考えてみたくなるものなのである。
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第778回(2006年01月05日(木))
「うんうん」
そばに歩いてくると、接触しそうなほどじろじろと嘗め回す様に全身を眺める恵(めぐみ)。
「…こんなに間近にスチュワーデスさんを観るの初めて」
それはそうだろう。
「あたしもいいかな?」
「だーめ、今日はあたし」
恵(めぐみ)が制止する。
「いいじゃん、さっちゃんはお兄ちゃんがウチにいるんだからも一度やれば」
「気軽に言わんで下さい!」
ツッコミを入れる歩(あゆみ)。
…と、言いつつもこれでもう一度だけスチュワーデスさんになれるのかな…と思ったりしていた。
少しだけ視線を下げる歩(あゆみ)。
そこには、一体どういうからくりで形成されたのか分からないが「城嶋」のネームプレートがある。聡(さとり)の能力で出来上がったものに違いないから、これは間違いなく自分専用の物だ。今着ているこの制服は誰かの借り物でも何でもなく、“城嶋 歩”用に誂(あつら)えられたものなのである。
するりとお尻が撫でられる。
「ひっ!」
反射的に声が出てしまった。
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第779回(2006年01月06日(金))
「あ、ごめんね。ビックリさせちゃったかな」
「あ、いや別に…」
考え事をしていて不意を衝かれたのだが、そんなことを説明するのも面倒くさい。
恵(めぐみ)はスカートの縁(ふち)を指でつまんできゅっきゅっと下に向かって引っ張ったり、生地の素材を確認するかの様にあちこち観察したりする。
と、急に向き直って歩(あゆみ)の顔を正面から見据える。
綺麗なお姉さんの顔が突然真正面に来てドギマギして照れる歩(あゆみ)。
女の子に変身させられて若干背が低くなっているのでほんの少しだけ恵(めぐみ)を見上げる格好になってしまっているのが何とも倒錯的である。
「メイクもめっちゃくちゃ上手いし…」
「はあ…」
生返事の歩(あゆみ)。
そんなこと言われても、自分で口紅握った訳でも何でもない。
「こんな綺麗な顔がさっきまで男子高校生だったと思うともお…」
気持ちよさそうに悶える恵(めぐみ)。
流石に生粋の(?)女性は着眼点が違うなあ、と歩(あゆみ)は思った。
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第781回(2006年01月07日(土))
「あの…もういいですか?」
こんなにうっとり見つめられると、何だか大人の女性であるめぐさんに迫られているみたいな複雑な気分になってくる。
「仕方が無いわね。約束だし」
やっと開放してもらえそうだった。
その時だった。
何かがぶぅ〜ん!と震える音がする。
「ん…?…ちょっと待ってね」
ポケットから可愛らしい携帯電話を取り出して、愛らしいスチュワーデスから少し離れる恵(めぐみ)。背中を向けて何やら話し始める。
ふう、と歩(あゆみ)はため息をついた。
「面白い人だね」
にこにこの聡(さとり)がすぐ近くまでやってきている。
「面白すぎだ」
本人がすぐそばにいるのにそんな話をする兄妹…今は姉妹。
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