おかしなふたり 連載781〜800 |
第781回(2006年01月08日(日)) 「ん〜、いいお化粧のにおい」 聡(さとり)が可愛らしい鼻をひくひくさせている。 「お前なあ…」 「だあって、本物の女の人のお化粧の匂いなんて嗅げないもん」 聡(さとり)は今時の女子高生なのに化粧っ気が全く無いし、興味も無いらしくて買ってもいない。 「ま、続きはウチでね」 ぱちり!とウィンクする聡(さとり)。 「しないしない!これで終わり!」 とかいいつつこれまでは「都内女子高生制服総まくり」にモデルとしてつき合わされて来た経緯がある。こちらがどれだけ嫌がっていても本気になれば出来ちゃうからなあ…。 「そお?あたしとしてはとりあえず都心部の制服は大体網羅したから次は「働くお姉さん制服コレクション」に取り掛かろうかな〜とか」 「いいから戻せ!このままじゃ帰れん!」 そりゃ青山の街中をスチュワーデスが歩いていたら目立つだろう。 「じゃー最後にこれ!」 と、スチュワーデスの紺色の上着がむくむくと変形を始める。 |
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第782回(2006年01月09日(月)) 「な、何だよこれ?」 「いいからいいから」 変化の帰結はすぐに分かった。 上着を脱いで、スチュワーデスがもう一つの「作業着」に着替えた時の状態が正にこれだった。そう、「エプロン」である。 「ううーん、真っ黒なストッキングの妖艶さと爽やかなエプロンのコントラストがたまらないわ!」 フェチのおっさんみたいなことを口走る女子高生だった。 「全く…」 とか何とか言いつつ歩(あゆみ)もその場で腰をひねって自分の身体を見下ろすお馴染みのポーズを取る。 そうそう、確かにスチュワーデスさんってエプロン姿にもなったっけ。 歩(あゆみ)は思い出していた。 「あら!いいわねえ!」 電話での用件を終えたらしい恵(めぐみ)が再び二人の元に歩み寄ってくる。 |
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第783回(2006年01月10日(火)) 「あ、いや…これはその…」 何で自分が言い訳めいた挙動をせねばならんのか…とか思いつつも思わず言ってしまう。 「おっと…」 携帯電話を取り落とす恵(めぐみ)。 「あっ!」 歩(あゆみ)がそう言った時にはもう床に落ちていた。 一番近かったので仕方なくそのまましゃがんで拾い上げる歩(あゆみ)。 タイトスカートで脚の動きが極端に制限されているし、「心」はともかく「身」は完全に女性になってしまっているので、自然と女性的な仕草で拾い上げることになる。 「ありがと、あゆみちゃん」 拾い上げた携帯を受け取って笑顔を見せる恵(めぐみ)。 「やっぱスチュワーデスさんってミニスカートなのにひざまずいてサービスしてくれるのがたまらないわ…ありがと」 「…もしかしてわざとですか?」 「まさか!偶然よ」 分かった物じゃない。 |
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第784回(2006年01月11日(水)) 「ま、ともかく満足したわ。ありがと」 「じゃあ、僕は帰りますので…聡(さとり)!」 そう言って振り返る歩(あゆみ)。「戻せよ!」というメッセージなのは明白だ。 「あー、ちょっと待って。戻すのはいいけど、帰るのはちょっと待ってくれる?」 「何です?」 歩(あゆみ)は猛烈に嫌な予感がした。 「めぐさんどうしたの?」 「それは僕に関係あるんですか?」 一人称が「僕」のスチュワーデスが詰問する。 「残念だけどほぼ間違いなく関係あるわね」 思えばこれが、運命の別れ道だったのかも知れない。少なくともここまでは、兄妹で“かなり”特殊な能力は持っていても、それはごく小規模…具体的には兄妹の間だけ…の秘密に過ぎず、社会的には完全に『平凡な一高校生』に過ぎなかったんだ…。 |
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第785回(2006年01月12日(木)) 「説明するのが面倒なんで単刀直入に聞くけどあゆみちゃん、あゆに会ってたでしょ?」 「…はい」 それはさっきも言ったことなんで別に問題なく肯定する。 「…ちょっと流石に話しにくいんで元に戻してくれる?さっちゃん」 真面目な話をするのにエプロン姿の十七歳の女の子のスチュワーデス相手というのもいかにもである。 「あー、はいはい」 と、エプロンが見る間に紺色に染まっていき、スチュワーデスの上着になっていく。 そう、歩(あゆみ)は瞬時に先ほどの「エプロン姿でないスチュワーデス」に戻ってしまったのだった。 「そうじゃなくて!」 恵(めぐみ)と歩(あゆみ)の声がほぼハモる。 |
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第786回(2006年01月13日(金)) 「あー、ごめんごめん」 やっと聡(さとり)が心変わりしてくれたらしく、暫(しばら)くぶりに歩(あゆみ)は男の身体と服装を取り戻した。 「ふう…」 脚を動かしてみる。 ストッキングに包まれて違和感が無かったとはいえ、やっぱりスカートとズボンでは大違いだ。動きを制限する拘束具さながらだったタイトスカートも今や無く、どの様に脚を動かしてもしっかりと包み込んでくれるズボンがそこにはあった。 勿論、息苦しくなるブラジャーも重い乳房も無い。すっかり元に戻った。 |
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第787回(2006年01月14日(土)) この能力は例え「戻す」ことにかこつけても、男の服装を別の物に変えることは出来ない。だから完全に女物に変えられる前の状態に戻ることになる。…ちなみに、最初から女装していた場合は恐らくその女装スタイルに戻ることになるだろう。ま、それは事故でもない限りありえない状態ではあるが。 「で?何です?」 「…あ、うん。あのね」 そろそろ「慣れ」かけているとはいえ、やはり目の前でマンガみたいな性転換模様が繰り広げられているのを見て完全に平常心でいるわけにはいかない恵(めぐみ)だった。 |
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第788回(2006年01月15日(日)) 「まず言っとかないといけないのは、あゆ…あゆみちゃんじゃなくて、歌手の沢崎あゆみの方ね…は無事に見つかったそうよ」 顔を見合わせる兄妹。 「それは…会社に着いたってことですか?」 「具体的には知らないけど、まあそんなところでしょ」 「良かった…」 歩(あゆみ)が胸をなでおろす。 「そこまではいいんだけど…」 恵(めぐみ)が何とも複雑な表情になる。 |
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第789回(2006年01月16日(月)) 「めぐさんどうしたのよ?」 「うん…話が思いのほか錯綜しててね…」 歩(あゆみ)に向き直る恵(めぐみ)。 「あゆみちゃん…あたしの名刺あゆに渡したでしょ?」 「はぁ?」 突然の、しかも意外な問いかけだった。 「渡してないですよ?」 そんな記憶は全く無い。一緒にあれこれ話したことは話したけど、名刺なんて渡さない。ましてやなるべく係わり合いになりたくないと思っていた人のそれである。関係が疑われたりしては大変だからそんなややこしいことをするわけが無い。 |
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第790回(2006年01月17日(火)) 「ま、自分からは渡してないんでしょうね。何か聞いた話だといつの間にか荷物に混ざってたそうだから」 待てよ…歩(あゆみ)は思い直した。 直接渡してこそいないけど、あの騒動の直後だから持っていたことは持っていた。 「もしかして…」 「もしかして?」 「あゆが机の上のノートとか片付けた時に混ざって持っていかれたのかも」 それならば考えられる。 「それだわ。多分」 |
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第791回(2006年01月18日(水)) 「ねえめぐさん。それがどうしたのよ?」 「それがその…」 言いにくそう…というよりも、“どう説明していいのか”迷っている感じだ。 「あゆがね、ファミレスでタレントの卵に会ったって言ってるらしいのよ」 周囲の空気が凍りついた。 「しかも、うち所属の」 更に沈黙。 「……はぁあああぁ!?」 兄妹の声がハモった。 |
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第792回(2006年01月19日(木)) 「所属…!?」 何だかえらい事になっている予感がひしひしとする。 「ごめん、よく分かんないんだけど…」 聡(さとり)が首を傾げる。頭の悪い娘ではないのだが、「他人の反応が面白そうだ」と思うと敢えて頭を使わずに人に喋らそうとする所がある。 「あゆみちゃん、ファミレスであゆと話したよね」 「まあ…」 あの体験は本当に感動的だった。 「あたしの推理を一気に話しちゃうけど、どうもあゆ…これは沢崎の方ね…はその時に、ファミレスで暇を潰してた“女の子の”あゆみちゃんと意気投合した…のよね?」 歩(あゆみ)は無言で頷いた。 |
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第793回(2006年01月20日(金)) 「えーっ!?お兄ちゃん凄い!じゃあ、あゆのメルアドとか聞いたの?」 「まあ…聞いたけど…」 全く同じタイミングだった。 歩(あゆみ)の胸ポケットから沢崎あゆみの最新ヒットナンバーが流れ始めた。歩(あゆみ)の携帯電話へのメール着信を知らせる合図だった。 歩(あゆみ)は携帯電話を取り出して画面を開く。 「…来た?」 「はい」 「ううっそぉおおお!本当に来た!」 それは沢崎あゆみからのメールだった。 |
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第794回(2006年01月21日(土)) 「な、何だっておにいちゃん何だって!?」 珍しくこういう風に興奮している聡(さとり)。 「えーとね」 文面は案外そっけないものだった。 「応援してあげる…って」 「見せて見せて」 恵(めぐみ)に勝手にプライベートなメールまで見られる義理は無いのだけど、何故か携帯電話を渡してしまう歩(あゆみ)。 どうも生まれつき押しの強い女性には弱いらしい。 |
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第795回(2006年01月22日(日)) すぐに携帯を戻してくる恵(めぐみ)。 「多分本物だと思う」 「すごぉおい!お兄ちゃんすごぉい!」 「これは直(すぐ)に返事打った方がいいよ」 それは歩(あゆみ)も分かっている。しかし、錯綜した状況を少しでも整理する方が先だ。 「で、どうなってるんです?」 「あたしの推理だとこうね。まず理由は分からないけど、所属レコード会社に無断でファミレスで沢崎あゆみがくつろいでいて、そこに何故か歩(あゆみ)ちゃんが接触しちゃう」 「はい」 あゆはいつもの様に作詞してただけだよ!と叫びたかった歩(あゆみ)だったが、いちいち話がつっかえるのも面倒なので促す。 |
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第796回(2006年01月23日(月)) 「ここでふたりのあゆが意気投合すると」 頷く城嶋兄妹。 「この時点で沢崎あゆみにレコード会社から連絡が付いて、自分が行方不明騒動になってることに気が付く」 「でもそれは!」 「あーはいはい。即断は禁物だけど、いつものマネージャーとの軋轢か或いはマネージャー自身の連絡遅滞ね。多分今回もあゆ自身の責任は皆無だと思う」 「それです」 「…“それです”って、あゆみちゃんあの会社の事情とか知ってるの?」 「マネージャーの問題でしょ?知ってます」 恵(めぐみ)は舌を巻いた。業界人の自分よりも裏事情に詳しい一般人である。まあ、鵜の目鷹の目で好きな芸能人の情報ばかり追いかけている若いファンの方が詳しいというのは良くあることではあるのだが。 この頃はゴシップ誌ばかりではなく、インターネットなどの出所の怪しい情報も含めれば正に膨大なものになる。恐らく沢崎あゆみの熱心なファンであるというこの少年は恵(めぐみ)などよりもよほど詳しいのだろう。 |
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第797回(2006年01月24日(火)) 「とにかくここで、沢崎あゆみは城嶋あゆみちゃんをファミレスに取り残す形で会社に戻る。…でもって何故かここであたしの名刺を歩(あゆみ)ちゃんが持っていたと認識して持って帰ることになる。ここまで大丈夫?」 「はい、その通りです」 「帰ってからもすったもんだ会ったんだと思うわ。でもまあ、多分「ファミレスで出会ったあの子って誰だっけ?」みたいな話になったんだと思うの」 「そーよね」 これは聡(さとり)。 「そしたら業界の一部でほんの少しだけ話題になってた「掘り出し物」と話が一致した…」 「そこまではいいけど、それがどうしてめぐさんの所属になるの?」 「あたしが聞きたいんだけど、多分一番コネがあるってことになってたし、今日出かけたのだってスカウトしてくるってことになってたから」 「八重洲さん…」 「“めぐさん”でいいって」 「…じゃあ、めぐさん…ひょっとして対外的にはもう僕をスカウトしたことになってます?」 |
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第798回(2006年01月25日(水)) 少し考えてぺろりと舌を出す恵(めぐみ)。 「…バレちゃったか」 「めぐさん!」 「営業なんてそのくらいの心臓が無きゃやってけないのよ」 まるで悪びれた様子が無い。 「それに、この手の噂って実態から一人歩きすることが多くてね。歩(あゆみ)ちゃんが歌手としての…ガールソプラノだけど…素質が抜群なのは間違いないけど、将来に関しては未知数ってとこだわ。本人を前に言うのは悪いけど当たるも八卦当たらぬも八卦ってのだ正直なところね」 「別に構いませんよ」 歌手を目指してる訳でもなんでもないから、そんな買いかぶりは却(かえ)って迷惑だ。 「だから話が大袈裟になり、その上かなりの尾ひれをつけて流通してるもんなのよ。それがたまたまあゆの耳にも入ってたのね」 主要な登場人物がどちらも「あゆ」なので話がややこしいが、芸能人の方は「沢崎あゆみ」または「あゆ」で、城嶋歩(あゆみ)の方は「あゆみちゃん」で統一である。 |
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第799回(2006年01月26日(木)) 「でもそれでも、…というかそれなら余計におにいちゃんが芸能人としてバリバリやってる訳じゃないことはあゆも知ってたのよね?騒動が一段落したところでいきなり連絡取ってくるってのはおかしくない?」 問題はそこだ。 「連絡を取ること事態は別に構わないのよ。プライベートなお友達になれたみたいだし。でも、会社の上の方からも、歩(あゆみ)ちゃんを盛り立てろって圧力が来てるのよねえ…」 「「圧力」ぅ!?」 また城嶋兄妹の声がハモった。 |
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第800回(2006年01月27日(金)) 「『圧力』ってどういうことです?」 「そのまんまよ。今日引き抜いた歌手の卵を会社として盛り立てていくから…みたいな。さっき社長から直(じか)に電話があったわ」 「…それってあゆが応援してくれたってこと?」 メールの文面は「応援してあげる」だった。 「そう考えるのが自然ね」 歩(あゆみ)は背筋が冷たくなっていくのが分かった。 沢崎あゆみは完全に勘違いしている。 自分がファミレスでたまたま出会って意気投合した「平凡な男装した女子高生」が正に歌手の卵であると。 「でも沢崎あゆみって、他社の歌手をどうこう出来るほど影響力があるの?」 「結論から言うとあるわね」 全く躊躇(ためら)いなく恵(めぐみ)は言い切った。 |