おかしなふたり 連載861〜880

第861回(2006年03月29日(水))
 正直、男で根っからの沢崎あゆみファンというのは今の時代ではちょっと異質であろう。何より、ファミレスでばったり出会った男子高校生にあゆがあそこまで心を開いてくれたかは疑問である。
「よし分かった!じゃあこういうのはどうだろう」
 


第862回(2006年03月30日(木))
「姿はもう仕方が無いよ。あの格好で会っちゃったんだから。でもお兄ちゃんはそれこそ人格を作る必要は無いよ」
「ん?何だって?」
「話聴いてると、あゆがお兄ちゃんと話してて意気投合したのはお兄ちゃんがあゆを大好きで、あゆを慕ってたからでしょ?女の子だからじゃないよ。だから実は男の子だって分かっても、ちょっとはショックかもしれないけど、ぶっちゃけそれはどうでもいいのよ」
「…たまにはいいこと言うじゃないか」
「たまにって何よー!いつもだってー」
 笑顔でばしん!と背中をひっぱたく聡(さとり)。ちょっと懐かしい感覚だ。小学校の頃のノリである。


第863回(2006年03月31日(金))
「じゃあ、結論として、基本的には女の子の格好で会うときには会い続けて、「正体」についてはこちらから表明することはないということで行こう」
「…そうだな」
 それが一番無難だろう。今から正体を明かす訳にも、一切の付き合いを断つ訳にも、事情を全て明かす訳にも行かない以上、この消極的な案が最も現実的だ。


第864回(2006年04月01日(土))
「じゃあ次の問題」
「今度は何だ…ってこの格好何とかならんか?」
 またぴらりとミニスカートをつまみ上げる歩(あゆみ)。
 何しろ短いので「見えそう」になるが、それも含めて嫌味を込めてである。
「ん?じゃあ長くしようか」
「いや、長さの問題じゃねーよ」
「でもまあ、気が済むんなら」
 と、ミニスカートがぐんぐんその丈を増して行き、膝下五センチくらいにまでなった。
「これなら突風くらいじゃ“見え”ないよ」
「…ま、いいか」
 全く便利な能力である。


第865回(2006年04月02日(日))
「ぶっちゃけあたしをめぐさんがどうしようとしてるのかよく分かんないんだけど、仮にあたしがタレントみたいなことをさせられたとしても、別にそれはどうでもいいじゃん。生身だし」
「まあな」
「問題はお兄ちゃんよ」
「そこだ」
「妹から言うのもナンだけど、お兄ちゃんの歌の上手さは半端じゃないから芸能界が目をつけるのは分かるのよ」
「はあ…」


第866回(2006年04月03日(月))
「それはいいんだけど、お兄ちゃんは本当は男の子だから、いざ活躍し始めて「正体」を探られるとマズイのよね」
「ちょっと待った。こういうのはどうだろう?誰かの代役っていうか吹き替えとして活躍するってのは」
 自分で「活躍する」とか言うのもナンだが、とりあえず言って見る。


第867回(2006年04月04日(火))
「んーそうねえ。じゃ、こういうのはどうかな。あたし達の共通のマネージャーってめぐさんだけど、更にあたしが「城嶋 歩(あゆみ)」の更にマネージャーってことで」
「つまり、めぐさんからの連絡なんかは一旦お前を通すと」
「うん。そういうこと。流石にあゆから直接電話が掛かったりしたらどうしようもないけど、これならかなり色々融通が利くと思うんだけど」
「でも、俺達ってめぐさんに大しては『秘密』を守る必要は無い訳だよな」
 『秘密』というのは、兄妹でお互いを性転換&異性装できる能力があるということだ。


第868回(2006年04月05日(水))
「言われてみればそうか…でもあたしらの場合って事情が違うのよ。お互いが生まれたままの性別で通用すればいいんだけど、お兄ちゃんが変身後で通さないといけないってとこなのよ」
「…なんでそうなったんだっけ?」
「元は打ち上げのカラオケでお兄ちゃんの歌の才能がバレちゃったってことだけど、そこに持ってきてあゆの行方不明騒動があったでしょ?そこに深く噛んじゃったから、あゆが女の子状態のお兄ちゃんにほれ込んじゃって、「そんなに才能があるんなら歌手として盛り立てて上げてね」なんてめぐさんの吹けば飛ぶような会社にお願いしちゃったもんだから…」
「そうか…」
 思えば数奇な巡り合わせである。


第869回(2006年04月06日(木))
「とりあえず関係者一同が納得する形にならないと引き下がれないと思うよ」
「最初に言っとくけど、のっぴきならないところまで言って、最後には公衆の面前で戻してもらって「実は俺は男だったんだ!」とかそんな安物の劇画みたいな展開はごめんだからな」
「どんな劇画よ。やだよそんなの」
 毎日の様に兄を性転換させて女装させている妹だから正に『お前が言うな!』だが、まあいい。


第870回(2006年04月07日(金))
「まーあれだよ。今だって素人みたいな芸能人溢れてるし、ぶっちゃけお兄ちゃんだっていきなりそんなに人気…っていうか有名になるとは思えないし。まーそん時はそん時だよ。鷹揚(おうよう)に構えとけばいいんだって」
 またこれだ。
 この妹はややこしいことをある程度考え進めてこんがらがってくると「まーいーか」と放り出して適当に構えてしまうところがある。
 ところがこれが案外どうにかなるものなのだ。
 世の中のある程度の比率はこういう楽天的人間によって支えられているんだろうなあ、と思う。


第871回(2006年04月08日(土))
「じゃーここまでまとめるね」
 片手を上げる聡(さとり)。
「これからどんな連絡があるのかよく分からないけども、基本的にあたしの方に連絡してもらうことにするから。めぐさんからは」
「うん」


第872回(2006年04月09日(日))
「でもって、その内容をあたしからお兄ちゃんに伝えることにすると」
「ふむふむ」
「あゆ本人からお兄ちゃんに掛かってきた電話についてはとりあえずどうしようもないんで、あたしに声か性別を変えてもらってから直接話すと言う風にすると」
「…ま、そんなところだろうな」
「よし、決まりね。後はめぐさんがどういう出方をして来るかってあたりか」
「親には話したのか?」
「めぐさんのこと?」


第873回(2006年04月10日(月))
「そりゃな」
「心配掛けるしね。めぐさんから話があってからでいいかなと」
 確かにそうかも知れない。そもそも「保険」の意味で聡(さとり)にタレント性を見出して(?)声を掛けたのはいいが、具体的に何をするのかなど現時点では全く分からないのだ。親に話すと言っても具体的なことは何も言えないから、却(かえ)って混乱させるだけだろう。


第874回(2006年04月11日(火))
「じゃー決まりね。ミーティング終わり!あゆみちゃん帰っていいよ」
 よっこらしょ、と立ち上がる歩(あゆみ)。
「うん。戻るのはいいけど、これ戻してくれよ」
 スカートだけ長くなった女子高生の制服姿の歩(あゆみ)が言った。
「ん?どうせこの後寝るだけでしょ?そのまんまでもいいんじゃ」
「いや、一応学生だから勉強するんで」
「だったら女子高生の勉強、とか体験してみたら」
 イマイチ意味が分からない。


第875回(2006年04月12日(水))
「知らんけど、お前も家で制服で勉強しねーだろ」
 実際、今妹は私服である。
「そーか、じゃ私服にしてあげる」
「気が散るよ。普通にしろ普通に」
「じゃあ、その場でぐるっと回ってスカートが『ぶわあ』って釣鐘型になったら戻してあげる」
「お前も一緒ならいいよ」
 ちょっとかましてみた。


第876回(2006年04月13日(木))
「うんうん!やるやるやる!」
 飛び上がるように聡(さとり)は箪笥に取り付くと、膝下まであるスカートを取り出してホットパンツの上から両脚を突っ込む。
「じゃじゃーん」
 スカートの柄は違うが、長いスカートの美少女姉妹の完成だった。


第877回(2006年04月14日(金))
「…お前ってそんなのも持ってたんだ」
 妹の私服姿なんぞ嫌というほど見ているが、深窓の令嬢みたいな…とまでは行かないが、おしとやかな女の子みたいな長いスカートとかは滅多に見たことがない。
「最近貰ったのよ。お兄ちゃんばっかり着せ替えしてるけど、あたし自身が着れないもんだからフラストレーション溜まっちゃってさ」


第878回(2006年04月15日(土))
 う〜ん、それは申し訳なかった…などと胸が痛んだりはしない。
 「買った」ではなくて「貰った」というあたりが引っかかるが、こいつの友達のネットワークではありそうな話だ。男同士でズボンを融通したりは余りやらんのだが、女同士では違うのかも知れない。


第879回(2006年04月16日(日))
 とてとてやってきて隣に立つ妹。
 歩(あゆみ)は性転換された時点で身長が少し縮んで一歳年下でしかも女である妹とほぼ同じ身長になっている。頑張れば「双子姉妹」で通らないことも無い。
「じゃ、ぶわ〜!回ろうぶわ〜!あたし夢だったのよ!」
 すごく浮かれている妹。


第880回(2006年04月17日(月))
「ひょっとしていつもやってるとか」
「そりゃやってるよ!毎日のようにやってるよ!」
 『当たり前だ!』と言わんばかりに断言した。
「お兄ちゃん覚えてないかもしれないけど、あたしなんか進学するたびに制服でぶわ〜やってたもん。友達には制服の無い中学とか高校の子とかいるけど、全然うらやましいとか思わないし」
「…ってお前、学校外にも友達いるのか?」
「…?そりゃ普通にいるでしょ」
 『何を言ってるんだろうこの人は?』という反応である。