おかしなふたり 連載1261〜1280

第1261回(2007年05月12日(土))
 その時だった!
「あっ!」
 無理矢理髪の毛を押し込んでいる形だった帽子が“ぽん!”とはじける様に飛び上がったのだ!


第1262回(2007年05月13日(日))
 まるでスローモーションの様だった。
 仕込んでいた仕掛けが弾ける様に腰まである長い黒髪が宙に舞った。
 まるで性別不詳の中性的な少年だったものが、一瞬にして少女へ…いや“天女}へ…と変身してしまったかのようだった。
「…っ!?」
 女子高生三人組は全員余りの美しい情景に息を呑んだ。


第1263回(2007年05月14日(月))
「わ、わあっ!」
 慌てて空中を浮遊してふわふわと落ちて行く帽子を掴む天女。いや、歩(あゆみ)。
「と、とにかくゴメンね!」
 何が「とにかく」何だか分からないが、とにかくそれだけ言うと今度こそ玄関のドアに向かって飛び出す様に出て行く歩(あゆみ)。
 真っ黒に輝く髪が航跡を残すようになびき、聡(さとり)が施したのか心地よい芳香がその場に残った。


第1264回(2007年05月15日(火))
 慌てているのでそれほどぴっちりしている訳では無い靴が脱げそうになりながらよたよたと玄関の外に躍り出る形になる。
 腰まである髪が広がってとても美しい。


第1265回(2007年05月16日(水))
 もう歩(あゆみ)は今から髪を押し込むのは諦めてそのまま上からキャップを被った。
 ボーイッシュな美少女アイドルみたいな風貌である。可愛い。


第1266回(2007年05月17日(木))
 …とにかく一刻も早くこの場を離れなくてはならない。
 実はこれが結構難物である。
 城嶋一家が住む神奈川県のベッドタウンは、正に「閑静な住宅街」なのだ。


第1267回(2007年05月18日(金))
 電車に乗って20分も走れば東京のど真ん中に行く事が出来る場所ながら、本当に駅前のちょっとした繁華街と後は点在しているコンビニ程度しかない。喫茶店なども無いのだ。


第1268回(2007年05月19日(土))
 …折角だから駅前まで行くか…。
 何だかトンでもないことになった。
 近所のコンビニでもいいんだけど、流石に常にお客が1〜2人しかいないところで立ち読みでもしていてあの女子高生集団が「飲み物調達」とかに来られては適わない。


第1269回(2007年05月20日(日))
 だからちょっと離れた、それなりに人口の多いところに行く必要があるのだ。
 駅前の、しかもこっちから反対側に二階建ての本屋があったはずだ。あそこまで行くか…。


第1270回(2007年05月21日(月))
 とはいうものの、「それなり」に距離がある。片道15分、往復だと30分というところだ。都会人は歩くのには慣れている。
 と言う訳で炎天下を真っ黒な髪を加熱させながら歩き始める美少女。


第1271回(2007年05月22日(火))
 やれやれ…何だかややこしいことになったなあ…。
 と歩(あゆみ)は思った。
 慣れた通学路でもある駅までの道を歩きながら考えていると…胸ポケットに入っている携帯電話が振動した。


第1272回(2007年05月23日(水))
 バランスよく膨らんだ胸に押し上げられたポケットに入っている携帯電話を取り出した。
 やっと連絡が来たか!
 …と、思ったが違った。その窓の液晶にはこうあった。
 「八重洲恵」と。


第1273回(2007年05月24日(木))
 …我々兄妹以外で唯一この体質を知る人間である。
 何だか猛烈に嫌な予感がする。しかも今は身体が女になっているからまた何やかや言われそうだ。
 が、ここで出ないと話がまたややこしくなるので受信ボタンを押した。


第1274回(2007年05月25日(金))
「…もしもし?」
『あー、もしもし?八重洲ですけど』
「あ、ども…」
 歩きながら答える歩(あゆみ)。


第1275回(2007年05月26日(土))
『ん?あゆみちゃんだよね?』
 自宅に掛けてるんならともかく、間違いなく個人の所有物である携帯電話に向かって掛けてるんだからそりゃそうだろう。
 …とも言いたくなるが、この場合は特殊である。
 つまり、こっちの「状態」を聞いている訳だ。


第1276回(2007年05月27日(日))
「…はい」
 ま、言わずもがなである。
『ん〜、いい声!ま、それはともかく相談なんだけど』


第1277回(2007年05月28日(月))
 歩きながらの会話は続く。
「はあ」
『そんなに警戒しないでよ。あんたがた兄妹のことなんだけどね」
「はあ」
『そろそろウチで本格的にタレントとして活動する話を詰めようかと思って』
「…はぁ!?!」


第1278回(2007年05月29日(火))
 いつの間にそんなところまで話が進んだのだろうか。
『あによびっくりしちゃって。この間そう言ったじゃない』
 …そうだったっけか?


第1279回(2007年05月30日(水))
「あの…具体的には?」
 実は歩(あゆみ)は正面きって人の話を断るのが苦手なタイプだった。
 まあ、それほど珍しい性格というほどのものでもない。大抵の人間はこんなもんである。
 …と歩(あゆみ)は思っている。


第1280回(2007年05月31日(木))
『あんたムチャクチャ歌上手いからね。それでもまだ原石だよ。まずはボイストレーニングからだね』
 …何だかえらいことになっている。