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201(2003.4.21.) 「あんたはどうすればいいと思う?」 件の騒動の張本人に向かってよくも言ったものである。 202(2003.4.22.) 「・・・何だと?」 「いや、これからはどうせ一緒に行動しなくちゃならん。その為にはどうすべきかと思ってね」 「・・・誰がそんなことを決めた」 「単独で行動するのは危険だ。折角車もあるんだし、一緒に行動すべきだ」 ・・・本当は毎日の様に供給されるかもしれない貴金属に期待していたのだが、そんなことは口に出さない。 「何が危険なんだ」 饒舌にはなったものの、依然としてすぐにキレて暴れだしそうな雰囲気は完全には消えていない。 「だってさ・・・俺たちゃ、どんな服装に着替えてもいつ戻っちまうか分からない体質になった訳だろ?」 不機嫌そうにこちらを睨みつけながらも、一応話は聞いてくれる花嫁さん。 203(2003.4.23.) 「今も白鳥さん達が着替えを買って来てくれてる最中だけども、何を着てても突然その・・・そんな格好とか・・・」 一瞬“やばいかな?”と思ったが、そのまま続ける。 「・・・こんな・・・格好とか」 自分を指す。勿論、大野の初期設定(?)はOLの制服であって、今のバレリーナのチュチュ姿では無い。が、話は通じる。 「になっちゃうかも知れないんだ。飛行機や電車に乗っている最中にそうなったらどうする?ヤバイだろ」 「誰がそんなこと決めた」 即座に反論が飛んできた。 「いや・・・誰がって・・・」 言いよどむ大野。 「そうとは限らんだろ」 「まあ・・・でも現にこの有様じゃないか」 204(2003.4.24.) ふう、と溜め息を付いて考え込む花嫁さん。 と、髪を振り乱して時計を見る。 「もうすぐ10時だね」 言われてもいないのに声を出す大野。 「空港までどれくらいあるのか知らんが、昼から出発しても夕方までには関東に辿り付ける。それで問題無いだろ」 あくまでも単独行動で帰る積りらしい。 「・・・その・・・せめて名前くらい名乗らないか?」 大野はここ数日、くすぶっていた疑問をぶつけてしまった。 205(2003.4.25.) 「断る」 段々とこの“花嫁さんらしさ”が帰ってきたみたいである。正直、歓迎されざる事態だ。 自殺騒動からしばらくの間、号泣したりぐったりしたりと色々あったのだが、少しはしおらしくなったかと期待していたのだが。 「・・・とにかく、それ、提供してもらえないかな」 大野は話題を変えてみた。 206(2003.4.26.) 「何をだ」 「昨日も出してもらったじゃないか」 と、言ってから大野は花嫁さんがイヤリングもネックレスも、そして結婚指輪もしていないことに気付いた。 よく考えたら、自らの肉体を嫌悪して暴れている人間が、耳たぶをひっぱってくるイラつくイヤリングやら、素肌にコロコロ当たるネックレスなどむしりとってしまうのは当然だろう。手首を切ろうという人間が指輪をしっ放しということもあるまい。 部屋の中を見渡した。 投げ飛ばしたのなら床に転がっているのでは無いかと思ったのだ。 改めて見ると酷い有様である。 特にヴーケがばらばらになっているので植物が散らばった部屋になっている。 ・・・よく分からない。 案外ちゃっかりしている白鳥さんたちが持っていってしまっているんじゃないだろうか。 「俺はさあ」 バレリーナが語り始めた。 207(2003.4.27.) 「三流大学を出てフリーターみたいなことをやってたんだ」 花嫁さんは興味があるのか無いのかじいっとこちらを見ている。 「牛丼屋でバイトしながらその日暮らしだよ」 花嫁さんの反応が無いのでこちらから語り続けるしかない。 「それでもまあ、月に10万円くらいは稼げるからね。バイトって責任が無いみたいな言い方をされるけどそんなことは無いよ。俺もバイトが1年くらいになったからね。バイトなんて1年もやってればベテランの域だからね。配送って言って、定期的にやってくる肉やら野菜やらの補充の責任者なんてやらされてるよ。1円も時給は変わらないのにね」 「・・・」 「責任だけ重くて見返りは何も無い、そんな生活さ」 沈黙が部屋を支配した。 既に太陽は高い。 締め切ったカーテンの外の熱気がいやがうえにも不健全な空気が充満する。 208(2003.6.17.) 「・・・で?」 相変わらず冷ややかな反応である。とは言うものの、昨日の晩に比べれば相当に軟化したと言える。 「いや・・・別にだからどうってことは無いけどさ」 花嫁さんが何やらボソッとつぶやいた。 聞き取れなかったが、あまり友好的な反応では無いであろうことは予想がついた。 「とりあえず白鳥さんが来るのを待とう。それからのことはこれから考える」 “一緒に来てくれ”とまで言えばよかったのだろうが、大野はそこまで言い切れなかった。断られそうな気がしたし、自殺未遂をかました直後の人間に言うべき言葉なのかどうかも分からなかった。 端的に言えばこの花嫁さんの齎す経済効果に期待していた。一日20万円という試算が当たっているかどうかは分からないが、その“能力”が本物ならば魅力的であった。 そういえば・・・、またもや大野は止め処なく色んな事を思い出していた。 アメリカで誕生したという“五つ子”のこと。 それほど裕福とは言えない家庭に生まれた“五つ子”は全米中の評判になり、連日ニュースで取り上げられた。勿論ごく普通の家庭にいきなり5人の食い扶持が増えれば経済的困窮は免れない。 そこで“寄付”が寄せられることになる。 その結果どうなったか? なんと「ちりも積もれば山となる」でその一家は豪邸をおったて、ちょっとした「富豪」になってしまったのである。 ディスアドバンテージがアドバンテージに変化してしまった瞬間だった。 もしもこの「花嫁さん」という「金の卵を産むがちょう」ならぬ、「宝石とネックレスを産む女」と旅を続けられれば、先の見えない生活どころか遊んで暮らせる毎日が手に入ってしまう。 それはうだつのあがらないバイト生活に比べれば“上昇”であることも間違い無いところだった。 209(2003.6.18.) どんどん、とドアを叩く音がする。 正に天の助けだ。 バレリーナたる大野は飛び上がらんばかりに狭い廊下に真横に広がったスカートのフチを擦りながら玄関に突き進んだ。 「もしもし!」 慣れぬ甲高い声でドアの外に問い掛ける大野。 「白鳥です」 女神の声の様だった。 「すぐに開けます!」 冷たいドアノブをつるつる滑らせながらドアを開ける大野。 大野はその重いドアが開くまでの間、白鳥さんを純粋に“頼りになる女性”として認識しているのかな?と思っていた。 元の姿を知らないし、それも無理は無いことだった。 「こんちはー!」 元気のいい女子高生・・・城・・・の声が同時に響いた。 210(2003.6.19.) 「うわっ!びっくりしたあ!」 手に持った荷物を取り落としそうになる城さん。 大野は一瞬胸がきゅん!となった。 そこにいたのはこの「四人の女」の中で最も小柄な城さんなのだが、その“私服”が余りにも可愛らしかったのだ。 なんというかクラスメートの女の子の私服姿を見て感じるカルチャーギャップみたいなものか。おあつらえ向きに城さんは普段は女子高生スタイルである。その条件は満たしているではないか。 よく見るとその髪には実にポイントを抑えた可愛い飾りがついていたりする。 もう“変装”の域を逸脱して“おしゃれ”になっている気がする。 「さ、早く入りましょう」 その後ろに控えている白鳥さん。 「おかえりなさい」 視線を上げてこちらと目が合う白鳥。 その凛々しい美女ぶりに一瞬大野の鼓動が止まった。 211(2003.6.20.) 「・・・どうも」 何だか間抜けなんだが・・・どうもこんなんばっかりだが・・・そう言うしか無かった。 「とりあえず閉めますね」 「あ、はい」 とことこと後ずさりするバレリーナ。 大きなスカートがざらざらと壁をこする。 結構大きな荷物だった。 白鳥さんも城さんも両手に抱えるほどである。 ふわふわと揺れる装飾を感じながら、目の前の白鳥さんの「大人の女性の魅力」に参っている大野だった。 何の変哲も無い私服だったが、そこが良かった。 何故か至近距離のバレリーナのチュチュに視線が落ちる。 窓が遠いために薄暗い廊下の中では、流石にこの“ハレの衣装”も輝きが若干衰える様だった。 ガコン!と重い音を立ててドアが閉まる。 白鳥さんと城さんは濡れた床に荷物を置かない様に気を使っている。 「結構凄い匂いだね」 小さく城さんが言う。ずっとこの室内にいる大野には分かりにくいことである。 「やっぱりドキッとしますね」 白鳥さんの凛々しい声が響いた。 212(2003.6.21.) 「・・・え?」 白鳥さんから飛んできた思わぬジャブにひるむ大野。 「いや、やっぱりホテルのドア開けたらバレリーナがいるのはインパクトありますよ」 余裕があるのか微笑みながら言う白鳥。 誰のせいだよ!と言いかけたがそんなこと言っても仕方が無い。 「買えました?」 「ん?」 これは城さん。 「着替えですよ」 「あ、そりゃ問題無いですよ」 こともなげに言う白鳥。 「大した物を買う訳でも無いですし。若い女性が二人でお洋服を買いに来ても不自然なことはありませんからね」 「はあ・・・」 「好みに合えばいいんだけど・・・」 ひょい、と目の前に紙袋を差し上げる城さん。 可愛い。 ・・・って良く見たらまたスカート履いてるじゃないかこの人は!しかもミニスカートではないけど、昨日の床を掃除しそうなロングスカートから膝下20センチのものになっている。 「あの・・・」 ツッコミを入れようと思ったのだが言葉が出てこない。 「マイクロミニがいいっていうから止めたんですよ」 白鳥さんが言う。まるで保護者だ。 213(2003.6.22.) 「はあ・・・」 「ところで・・・」 白鳥さんが目配せする。 言わずとも分かった。「花嫁さんはどうなった?」と白鳥さんの目が語っている。 小さく頷く大野。 何しろバレリーナのスカートが完全に廊下を塞いでいるのですれ違うことが出来ない。 仕方なく後ずさる形になる大野。 大きな紙袋を手に持った二人の女がホテルの部屋に入った。 「・・・どうも」 そこには髪飾りを引きちぎって“ざんばら”になっている花嫁がベッドの上に座り、不貞腐れた様に腕を組んでいる光景があった。 「気が付いたみたいですね」 白鳥さんの口調には挑発する様なところは無かった・・・様に少なくとも大野は感じた。 城さんが濡れていない床の部分を探して荷物を置く。 214(2003.6.23.) 「服買ってきたのか」 「ええ」 「俺の金で」 一瞬にして緊張が走った。 決して友好的なやりとりではないことは分かりきっていたからだ。 「まあ、結果としてはそういうことになります」 白鳥さんは何も変わらない。 それは大野は断言出来る。 だが、心理的に追い詰められている“余裕の無い”人間がそれを聞いた場合、“慇懃無礼”に聞こえない保証は無い。 「誰に断ってそんなことしてやがる」 まだ激昂はしない。しないが、低く湛えた怒りが溢れそうな花嫁さんだった。 「お休みだったもので・・・いけませんか?」 「ああ、“いけません”ねえ!」 「花嫁さん・・・」 「そーゆー呼び方はするな!」 何てことだ。全ては振り出しに戻ってしまった。 215(2003.6.24.) 「まーまー!喧嘩しないでくださいよー!」 城さんが可愛く仲裁する。 「そ、そうですよ。ここでいがみ合ってもしょうがありません」 格好良くないが大野も口を挟む。 「・・・」 しかし、たったそれだけのことで花嫁さんは黙り込んでしまった。 「とりあえず二人とも着替えてください」 こちらに向かって白鳥さんは言った。 「着替え・・・ですか?」 「一刻も早くこのホテルを離れましょう。もうチェックアウトの時間が迫っています。延滞料金だけならともかく、この部屋の復旧料金を払わされたらこまるでしょ?」 肩をすくめる端正な美女。 確かに・・・床がびしょびしょに濡れて、花嫁道具が散乱する部屋は、自分がホテル関係者だったら激怒する所だ。 216(2003.6.25.) 「俺はお前たちと一緒に行くとは言っていない」 やっぱり無理なのか、この人と協調するというのは・・・。 大野は身の不運を呪った。 どうしてよりにもよってこの人が“花嫁”役だったんだろう。 自分なら間違いなくみんなに協力して・・・いや白鳥さんや城さんでもいい。 てゆーかこの人以外だったら上手く行くのである。 その場で少し考えている白鳥。 「じゃあ、こうしましょう。とりあえずチェックアウトだけは済ませます。その先のことは話し合いで決めましょう。どうです?」 「どうして主導権がそっちにあるんだ?」 「あなたにあるとも思えませんが?」 ・・・なんてこと言うんだ・・・。この上挑発する様なことを・・・。 「ともあれこのままこの部屋に留まっていれば大変な事になります。私たちは一晩で出て行く契約をしているんですから。その上・・・」 白鳥は言葉を切った。 「“その上”・・・何だ?」 「この惨状を弁償させられる訳にもいかないでしょ?ホテルには悪いですけどここは逃走させてもらうことにしましょう」 狂言に近いとは言え、自殺未遂を引き起こした張本人である。そこを衝かれるのは辛いらしい。花嫁さんは黙り込んでしまった。 その一瞬をついた。 「そこまでは交渉成立としましょう。大野さん」 「はいっ!?」 突然名前を呼ばれて驚く大野。 「着替えてください」 217(2003.6.26.) 「・・・はあ」 突然そんなこと言われても困る。 「はいこれ」 にこにこ顔で紙袋を渡してくる城さん。 「お好みに合うかどうか分かりませんけど・・・」 「あ、どうも・・・」 まあ、いずれにせよこのバレリーナスタイルで表に出る訳にも行かないのである。 大野は周囲を見渡した。 ベッドが二つ並んでいるこの部屋とて、流石に四人もの人間が入り込めばなんとなく窮屈な雰囲気である。 いくら“女同士”とは言え、この場で脱ぎ始めたらそりゃ露出狂だ。 かといってこの部屋で“密室”を探そうとしたらユニットバスしか無い。ついさっきそこの放蕩女が手首を切った現場である。気が進むの進まないのという問題では無い。 「あたしが壁になってあげるから廊下で着替えよ。ね?」 「・・・はい」 手に紙袋、というありえないシチュエーションのバレリーナは年頃の女子高生に手を引かれてふわふわと歩き出す。 218(2003.6.27.) 別に保護者では無いのだが、あの暴れん坊である“花嫁さん”と実は勝気な白鳥さんを取り残すシチュエーションには不安も残る。 残るけども別にどうにも出来ない。 距離にすれば3〜4メートル程度の感覚だが、とりあえず簡単にでも着替えなくてはならない。 「手伝いますよ」 「え?」 困った。 219(2003.6.28.) 今はこちとらバレリーナだし、城さんもそこいらのアイドルみたいな可愛らしい美少女姿なのだが、それにしても目の前で着替えるなんて恥ずかしい。 お互いに女になっているという非日常が感覚を混乱させているのだが、これが男同士だと思えば・・・ それはそれでありか。 ええーい、何でもいいや。 大野はバレリーナのチュチュを脱ぐべく準備を始めた。 220(2003.6.29.) 「じゃあ・・・」 背中のホックに手を掛けてくれる城さん。 「あ・・・」 ちょっぴりビクッ!とした。 「お・・・ねがいします」 「はい!」 元気のいい爽やかな女子高生そのものである城さん。 一瞬ぎゅっと胸回りが押し包まれ、そして解放された。 背中のホックを外してくれたのだ。 何と言うか、非常に無防備なものだな、と大野は感じた。 背中なんて、人間の身体の構造上積極的に防衛することなどまず不可能な部位である。 そこを積極的に晒しているとしか思えない女性の衣服の構造たるや・・・という訳だ。 勿論それは“文化”が生み出した衣類の形にしか過ぎないのだが、多くの先進国で男性のスカートが公認されていないのと同様、背中側から開く衣類がほぼ女性特有のものとなっていることも決して故無しではあるまい。 ぷちぷちとホックが外され、バレリーナとなっていた大野の背中は完全に解放された。 乳房が重力に従う感覚が戻ってきた。 |